スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

第307話 美濃の混乱

戦え!官兵衛くん 第307話
 天正10年(1582年)6月27日の清州会議により、本能寺の変で殺害された織田信長の嫡男、信忠の領地であった美濃は、信長の三男、信孝の物となります。
 しかし、信孝は美濃の混乱を収めることができませんでした...

 戦国最凶の男の一人、森長可は、東美濃統一をめざし、敵対する勢力を各個撃破していきます。
 美濃斎藤家再興の名目で独立を目指したものの失敗した、元西美濃三人衆の一人、稲葉一鉄は森長可に目をつけます。

 そして、羽柴秀吉も森長可に目をつけます。秀吉は森長可、稲葉一鉄と結び、織田信孝の美濃支配を取り崩していきます...

(清州会議のツボ&突っ込み)
 清州会議により広大な領地を得た羽柴秀吉は、既に日本最大の戦国大名となっています。しかし、秀吉には天下を手中にするための名分がありません。明智を倒したことは、織田家内部で勢力を伸ばす根拠とはなっても、織田家の権力を簒奪する根拠とはなりません。したがって、明智を倒すことは、天下の事柄を握ることに近づいても、天下を取ることには直結しません。←大河ドラマ「軍師官兵衛」の脚本家が理解しているかどうか不明。

 日本最大級の実力を有する(但し、他の勢力が連合した場合に圧倒するまではいかない)羽柴秀吉が、織田家内外の勢力を取り崩しつつ、織田信孝・柴田勝家等、織田家中の反対勢力を倒すための名分を作り出すことに腐心していく処が見どころになります。

 清州会議から賤ヶ岳の戦いにかけての辺りが、秀吉・官兵衛の政略・調略人生の最大の見どころになる訳ですが...「軍師官兵衛」の次回(第31回)、「天下人への道」 では、一話にまとめています。大丈夫なんでしょうか...
 前回、山崎の戦いをスルーしたことに続き、(見どころ満載のはずの)賤ヶ岳の戦いもスルーかも...せめてCGで良いんで、中川清秀が戦死するシーンと、大垣から取って返した秀吉の本隊が佐久間盛政を攻めるシーンくらいは流してほしいです...「利家とまつ」の映像の使いまわしでも可...

 まさか、柴田勝家が「くそ!官兵衛の調略にしてやられたわい。」とか、「官兵衛、お前に会えて良かった(#^^#)」と言いつつ、お市の方と自害して終わりとか(^_^;)
スポンサーサイト

風雲、白すぎ城!切り過ぎ城!

最近のニュースから
 平成の大修理」が進む世界遺産の姫路城(兵庫県姫路市)で、大天守南側の石垣周辺に生える樹木数十本が無造作に剪定(せんてい)され、「美観を損なう」と市民からのクレームが相次いでいることが分かった。
<姫路城>世界遺産 立ち木悲惨 切りすぎ? 批判受け中止

 問題の場所は、山里丸の付近で、天正の頃に官兵衛達が積んだ石垣のある場所ですね(*^_^*)
 端正な池田時代の石垣と違い、下手くそな積み方で、一目で違いが分かります。もっとダメダメなのが大正、昭和初期の頃に積んだ石垣ですが(^_^;)

 山里丸
 パノラマで撮ると、こんな感じです。

看板

 批判があったためか、山里丸の所に、こんな看板が立っていました(^_^;)

白すぎ城
 
 朝日を浴びる白すぎ城は、非常に綺麗です!そのうち、瓦の漆喰はカビで黒くなるということですので、見られるのは今だけ!

第306話 森長可の帰還

戦え!官兵衛くん 第306話
 話は、清州会議の少し前に戻ります。

 旧武田領の信濃は、織田信長のお気に入りで戦国最凶の男の一人、森長可に与えられます。森長可は織田信長の寵臣兼愛人の森蘭丸の兄になります(⇒番外編02)。
 森長可は、近隣の同僚から勝手に城を巻き上げようとしたり、イベントの場で信長重臣の家臣を殺害したりとやりたい放題の有様で、織田家中の鼻つまみ者でした。

 森長可が信濃に着任した早々、大規模な一気に見舞われますが、森長可は強硬な姿勢を貫き、一揆関係者多数を殺害し、強引に鎮圧します。
 
 ところが、森長可が越後の上杉氏征伐に出ていた最中、本能寺の変が発生します。領地の信濃では、信濃の国人衆が森長可に造反したため、森長可は本国の美濃への帰還を余儀なくされます。
 森長可は、帰還の途上、人質を盾に反対勢力を脅しつつ、武力で叩き潰し、美濃へ強行突破します。
 なお、3コマ目で森長可は「邪魔すると、ガキ共を殺すぞ!」と脅していますが、結局、人質の大半は殺害されます...

 途中、木曾谷の木曽義昌(武田征伐のきっかけとなった人(⇒第269話)が敵対する恐れありとの噂を聞きつけた森長可は、先手を取るつもりだったのか、木曽義昌の居城を襲撃し、嫡男を人質にとります。こちらの人質は、敵対の「恐れ」だけだったためでしょうか、無事に解放されています...

 清州会議の直前に美濃に帰還した森長可に対し、配下のはずの美濃の国衆は離反の態度を見せます。
 身の危険を感じた森長可は先手を取り、6月22日に米田城の肥田忠正を襲撃します。

 6月27日の清州会議では、信長の三男、信孝に美濃を与えられることが決まりましたが、美濃斎藤家再興を掲げ独立勢力化を図る稲葉一鉄、元同僚達を攻撃する森長可の存在により、美濃は混乱の様相を見せることになります。

第305話 清州会議②

戦え!官兵衛くん 第305話
 天正10年(1582年)6月27日、清州にて織田家の今後を決める清州会議が開かれました。会議のメンバーは、信長の仇を討った羽柴秀吉、信長の重臣の柴田勝家、同じく丹羽長秀、信長の乳兄弟の池田恒興の4名です。他にも信長の側近兼愛人の堀久太郎秀政もオブザーバー的に参加していたようです。

 織田信長の二男信雄と三男の信孝の二人の兄弟は、犬猿の仲だったため会議が紛糾すると考えられたのか、会議の場外で小競り合いを起こしたためか、会議からは外されていたようです。

 会議では織田家の跡目は、信長と同じく本能寺の変で亡くなった長男の信忠の嫡男の三法師(後の織田秀信)と決まります。当時、数え三歳だった三法師が織田家の舵を取れるはずもなく、三法師の後見人に織田信孝、守役に堀秀政が付くことが決まります。
 三法師は信長の跡目の象徴として、安土城に入ることとなりましたが、安土城は織田信雄に焼かれたため(冤罪説あり)、復旧がなされてからの移転となります。

 また、織田家の領地の再配分が決められ、秀吉は旧領の他に山城、丹波、河内等を新たに領有し、一気に日本最大の戦国大名にのし上がります。
 摂津の大半は池田恒興に、近江は丹羽長秀、堀秀政らへと、秀吉に毒まんじゅうを食らわさせられた明智討伐に功績があった武将に分けられます。
 一方、三法師を守護するという名目なのか、柴田勝家の強い要望により長浜の旧秀吉領は柴田勝家に譲渡されます。
 旧信忠領だった美濃は織田信孝へ、尾張は織田信雄に分配されます。

 清州会議の前後に、柴田勝家は信長の妹、市(大河ドラマ「軍師官兵衛」では、元アナウンサーの内田恭子さんが演じます。ラジオで声はよく聴いているのですが、顔は今回のニュースで初めて知りました。)と再婚し、浅井長政の娘達の茶々、初、江(浅井三姉妹)も手元に引き取ります。近年では、秀吉が再婚をあっせんしたという説も有力で、秀吉が市を手に入れられず悔しがったというのは、作り話の可能性が高いでしょう。
 なお、後に茶々は秀吉の側室、初は長浜城を占領した逆天才京極高次の妻、江は日本の影の支配者となります。

 清州会議を全体的にみると、秀吉は名を捨て実を取ったということになります。
 織田信孝は織田の跡目を継いだ三法師を手元に置き、織田家を盛り立てていこうとしていきますが...そこに、秀吉のマジックがさく裂します!
 ここから日本史上最大・最高のお家乗っ取りが始まるのですが、なぜか大河ドラマ「軍師官兵衛」では、さっさと流されるようです。山崎の合戦のシーンを飛ばしたことと言い、ワールドカップ放映権料の支払いで予算が少ないのでしょうか(^_^;)

(突っ込み)
 ドラマ等では、羽柴秀吉が三法師を肩に抱いて、諸将を平伏させたとか、秀吉側の策略で三法師が織田の跡目を継ぐことになったとされていますが、実際には信雄、信孝が養子に出ていたこともあり、三法師が跡目を継ぐことが織田家中での確定事項だったようです。
 大河ドラマ「軍師官兵衛」では、せっかく官兵衛の策略で三法師に跡目を継がせることに成功しながら、信孝が後見人となってしまったため、秀吉は三法師を傀儡にすることに失敗するという展開になります...

大河ドラマ「軍師官兵衛」 第30回 「中国大返し」 感想とあらすじ

 今回もかなり面白かったですが、ストーリーは矛盾感満載...脚本の出来に不安を覚えます...
 もちろん、詳しいところまで意識しなければ、面白いです!

 高松城から姫路まで一気に帰還する秀吉軍。前回、殿なのに馬を全力疾走させ、前の軍勢を追い越してしまうんじゃないかと心配させた官兵衛クン(乗馬姿勢が綺麗なので、馬に乗る時は足が治るみたいです)ですが、足軽が走る速度で馬を早歩きさせていました。
 前回、官兵衛クンが小早川隆景に追撃しないことを約束させていたため、皆、安心して大返しに参加でき、中には鎧を脱いで真っ裸で足軽もいます。実際には追撃されるかどうか不安な中での撤退だったと思うのですが...
 
 姫路に戻ると、蜂須賀小六の娘、糸(高畑充希さんが演じます)が、将来の夫である黒田長政と鉢合せ。長政に因縁を吹っ掛けます。後に長政とは離婚しますので、性格の不一致を強調したいのでしょうか。

 出撃を前に羽柴秀吉は、姫路城の蔵を開け、金銀財宝から8万5000石もの米まで全て配下に分け与えてしまいます。
 この後の調略資金や兵糧まで0にしてしまうとは、作戦行動に支障が出ないのか心配になります。それより、出撃の直前に8万5000石(1万2000トン以上!)もの米を蔵から運び込ませて、兵が疲れないのでしょうか...

 6月9日の出撃を前に、怪しい僧侶が「凶日なので、出撃を控えるよう」進言しますが、秀吉は生きて帰るつもりはないと一蹴し、戦意を高めます。しかし、生きて帰って来ないというのは負けだろうと...
 ※実際には、清州会議の結果、秀吉は居城の長浜城を失いますので、姫路に帰ってきます。
 
 秀吉軍は明石に到着した後、10日に兵庫(神戸)に入ります。官兵衛クンは「明石から一気に兵庫へ」と高らかに叫びますが、明石と兵庫は近いやろ...明石から兵庫までの距離は、姫路と龍野より近いと思うのですが...

 備後鞆の浦の将軍(この時点でも将軍です)足利義昭は、上洛を決意し、吉川元春、小早川隆景に書状を送りますが、義昭を見限っていた吉川元春、小早川隆景は一笑に付します。
 しかし、実際にはこの一年後に吉川元春は足利義昭を立て、柴田勝家と組んで上洛作戦を実行しようとするので、足利義昭の旗頭としての利用価値は、まだまだ認めていると思うのですが...

 一方、6月10日に井上九郎右衛門が、決戦の口上を述べるべく、洞ヶ峠(京都府八幡市)の明智光秀の本陣に向かいます。あまりの移動の速さにワープしたのかと思いますが、それ以前に、どうやって移動中の明智の本陣の位置を把握したのか不明。
 明智軍首脳を前に九郎右衛門は、秀吉軍が兵庫に着いたとか軍機もペラペラしゃべってしまいます。最後には毛利の旗を明智光秀に見せつけ、毛利も援軍に加わっているとブラフをかまします!手品のタネをここでばらしていいのか!

 一方、官兵衛クンは信長三男の信孝の陣を訪れ、信孝の参陣を促します。織田信孝(当時は神戸氏に養子に入っていたので神戸信孝)を参陣させるのは、信長の子を迎えて旗頭とするためということですが、秀吉の養子の羽柴秀勝(信長の四男)がいるだろうと...

 いよいよ、山崎の合戦(山崎の戦い)が始まりますが、派手な戦闘シーンは一切なし。明智光秀に味方の不利を伝える伝令で戦いの進行が伝わります。
 松田政近、伊勢貞興討死の報が伝わりますが、松田政近の部隊を破ったのは黒田官兵衛の部隊だという説明は一切ありません。あくまでも軍師としての官兵衛の活動をテーマとしているため、実働部隊としての活躍は不要という事でしょうか。
 さらに斎藤利三戦死の報が!←まだ、死んでないよ!

 明智光秀は坂本城に撤退する途中で、残党狩りに会い、戦死してしまいます。ここで、九郎右衛門が事前に光秀に毛利の旗を見せたのは、戦闘シーンが無かったためだとわかります。
 
 近江を平定した秀吉は長浜城に入り、正妻のおねと再会します。石田三成が荒れ果てた長浜城を急ぎ修理するといいますが、長浜城は、すぐに柴田勝家の物になりますので、修理が実行されたかどうか不明です。
 秀吉主従は、長浜城で秀吉を天下人にすると気勢を上げ、秀吉も天下人となること(=織田家乗っ取り)を宣言します!

第304話 清州会議①

戦え!官兵衛くん 第304話
 山崎の合戦で明智光秀を討った羽柴秀吉は、一気に畿内全域を制圧していきます。
 
 一方、本能寺の変後、美濃斎藤家再興(⇒第295話)を目指した斎藤利堯(斎藤道三の子、信長の義理の弟)は、明智光秀討伐を受け、信長の三男、織田信孝に帰順します。旗頭を失った稲葉一鉄も形だけ信孝に帰順します。

 秀吉の行動に危機感を持った柴田勝家は、清州城で今後の織田家の行く末を決める会議を開くことを提案します(どちらが提案したか諸説あります)。
 これに対し、山崎の合戦後の利権を確保したい秀吉も清州会議に同意します。織田信長の側近中の側近だった堀久太郎秀政もオブザーバー的な立場で会議に入ったようです。

 秀吉は光秀討伐の功績から、信長の重臣丹羽長秀と信長の乳兄弟の池田恒興(現在の姫路城を作った池田輝政の父)を会議に参加させます。
 重臣の滝川一益は、会議に間に合わなかったのか、神流川の敗北の責任を取らされたのか、会議に加われませんでした。

(突っ込み)
 大河ドラマ「軍師官兵衛」第31回「天下人の道」では、軍記物をネタにしたのか、三法師(信長の嫡男信忠の子)を肩に抱いた秀吉が柴田勝家らを平伏させるシーンが出てきます(おそらく作り話)。

 しかし、史実では、清州会議の結果、信長三男の織田信孝が三法師の後見人となります。
 つまり、軍記物ベースでは、羽柴秀吉はせっかく傀儡にしようとした三法師を敵対勢力に奪われてしまうことになります(軍記物ベースで描いた場合、三法師が誰の下にいるのか有耶無耶にすることが多いようです)...

 大河ドラマ「軍師官兵衛」では、軍記物ベースで秀吉に三法師を抱かせながら、史実ベースで信孝が三法師の後見人になったことを描くので、ちぐはぐな展開にならないか心配です。

第303話 安土城炎上&神流川の戦い

戦え!官兵衛くん 第303話
 織田信長の二男で稀代のバカ殿の織田信雄は、父の敵、明智光秀を討つべく近江へと進軍しますが、途中で明智光秀が討たれたことを知ります。
 織田信雄は、明智軍に占領されていた安土城を接収しますが、何故か奇跡的に残った安土城を焼いてしまいます(但し、安土城炎上については、野盗が焼いたとか失火という説も最近では有力ですので、冤罪の可能性もあります)。
 冤罪かどうかは別にして、信雄は今までのバカ殿振りが災いし、当時の人に信雄が安土城を焼いたと信じられてしまいます...
 安土城炎上は今後の展開に微妙な影響を及ぼします。
 
 一方、関東の北条氏直は、本能寺の変を知り、織田信長との同盟を破棄、織田領の上野(群馬県)に侵攻します。
 大河ドラマ「軍師官兵衛」では、官兵衛くんが「(和睦を破って)追撃すれば、毛利の御名に傷がつきますぞ!」とか言っていましたが、全くそんなことはありませんから(^_^;)

 武田氏の旧領は、信長の家臣達に分割され(⇒第271話)、上野は滝川一益に与えられていましたが、新たに織田の配下となった関東の諸将は、北条に通じるなど、不穏な動きを取ります。
 天正10年(1582年)6月16日、5万の北条軍が劣勢の滝川軍を破り(神流川の戦い)、滝川一益は本国伊勢に逃げ帰ります。
 当時、滝川一益の配下であった真田昌幸(再来年の大河ドラマ「真田丸」の主人公真田幸村の父)は、本国へ帰還する滝川一益を見送るなど忠義の姿勢を見せたとも伝えらえれていますが、一番不穏な動きをしたのがこの人(^_^;)
 真田家は、この後の北条と徳川の対立の中で、上手く立ち回り、独立勢力となっていきます。

 6月18日には甲斐(山梨)の河尻秀隆が一揆勢に殺害されるなど、旧武田領は混沌とした状況となっていきます。

 次回からは清州会議に入ります。清州会議から賤ヶ岳の戦いが、軍師としての黒田官兵衛の物語の最大の山場になると思いますが、何故か大河ドラマ「軍師官兵衛」では、あっさりと流すみたいです(^_^;)

第302話 山崎の合戦⑥

戦え!官兵衛くん 第302話
 明智軍を破った羽柴秀吉は、織田信長の側近兼愛人だった堀秀政を近江に派遣します。ここで羽柴秀吉が自分の部下・家臣ではなく、織田家中の同僚の堀秀政を派遣したというのが最大のミソ。堀秀政は、 山崎の合戦の敗北で士気が低下しているであろう明智光秀の軍勢を追撃し、テンションアゲアゲの織田勢力を救出するという、非常に楽で美味しい仕事を任されます。

 明智光秀の救援に向かおうとした光秀の娘婿の明智秀満(大河ドラマ「軍師官兵衛」では、鳥羽潤さんが演じます。石橋杏奈さん演じる明智光秀の娘の倫が再婚した相手)の軍勢を撃破し、明智光秀の居城だった坂本城を包囲します。
 留守を守っていた明智秀満は降伏を決意します。多くの文化財を破壊した誰かさん(⇒第15話第157話)と異なり、文化財に対する意識の高かった明智秀満は、名物茶器等の宝物を秀吉軍に引渡した後、妻倫等を殺害。城に火をかけ、自害します(★1)。

 続く清州会議でも活躍した堀秀政は、たまたま軍監として秀吉軍に同行していたという偶然から躍進のきっかけを得ることになります。

 秀吉の居城の長浜城は戦国史上最強の逆天才、京極高次によって占領されていましたが(⇒第287話)、秀吉軍に奪還され、避難していた秀吉正妻のおね達も救出されます。京極高次は義理の兄の若狭の武田元明を頼って、若狭に逃亡します。

 また、秀吉軍は明智軍の残党狩りを行い、逃亡していた斎藤利三等、明智家臣を捕縛、処刑します。

 秀吉は、畿内周辺の旧明智領を占領すべく、各地に軍勢を派遣します。自身の部隊は京周辺等の要地を占領する一方で、織田家中の同僚だった池田恒興等に多くの占領地を管理させます。

 堀秀政、池田恒興、丹羽長秀等、織田家中での秀吉の同僚たちは、秀吉に協力した事で多くの占領地を実効支配することになります。秀吉に毒まんじゅうを食わされた同僚たちは実効支配した占領地を自分の正式な領地とすべく、羽柴秀吉に協力していく立場に置かれていくことになります(★2)。
 言うまでもなく、秀吉に協力するという事は、織田家乗っ取りに加担していくことを意味します...

 ★1 倫の最初の夫、荒木村次(荒木村重の嫡男、演:中山卓也)は、本能寺の変の少し後、中川清秀の紹介で秀吉に赦免され、秀吉の家臣となります。

 ★2 この結果、秀吉の同僚たちは多くの領地を得ることになります。同僚達を取り込むべく、過大な領地を分け与えたため、官兵衛をはじめとする秀吉の部下・家臣には、あまり領地が与えられないということになります...
 官兵衛の領地が少ないのは、秀吉に才能を恐れられたからだという話が流されていますが、少なくともこの時点では、そのような事情はありません。

第301話 山崎の合戦⑤

戦え!官兵衛くん 第301話
 湿地帯を迂回して淀川沿いを進んだ秀吉軍の加藤光泰、池田隊が明智軍の側面を奇襲したことから、明智軍は崩れ始めます。信長の三男の織田信孝の部隊も加藤・池田隊と共に前線へ進出し、汚名挽回とばかりに奮戦します。

 戦場の西の天王山付近でも、羽柴秀長、黒田官兵衛の部隊は明智軍の松田政近の部隊と交戦し、盛り返した中川清秀、高山右近の部隊と共に明智軍の先鋒を壊滅させます。
 羽柴秀吉の本隊が前線に押し出してきた頃には明智軍は総崩れとなり、明智光秀は勝竜寺城に撤退します。
 
 明智軍の奮戦により、秀吉軍にもかなりの損害が出たことから、秀吉軍は追撃を中止し、日暮れとともに戦闘は一端は終了します。
 しかし、勝竜寺城は小規模な平城で防御力もあまりなく、しかも明智軍全軍を収容できずに城に入れない部隊も出ていたため、敗軍の明智軍からは逃亡者が相次ぐことになります。
 
 明智光秀は本拠地の坂本城に撤退し、再起を図ることにしますが、小栗栖の藪で土民に殺害されてしまいます。
 また、瀕死の光秀は、黒い服の女に召喚され、異界に転生したとも伝えられています(大嘘)。 

 次回は山崎の戦い編の最終回になります。次々回はその他の地域の情勢を説明し、第304話から清州会議になります。

第300話 山崎の合戦④

戦え!官兵衛くん 第300話
 戦場の様子は⇒第299話の1コマ目の地図を参照してください。
 
 明智軍の伊勢貞興、斎藤利三等の部隊は、前線の中川清秀、高山右近の部隊と交戦します。明智軍の奮闘により、中川清秀と高山右近は苦戦を強いられ、秀吉軍の前線は押され気味となります。
 中川・高山隊の後続(隘路を一列に進むような形になっていたため)の堀久太郎秀政の部隊が前線に進出し、乱戦となります。
 西の天王山の羽柴秀長、黒田官兵衛等の陣でも、明智軍の松田政近率いる部隊との戦闘が始まります。

 その間に秀吉軍の加藤光泰、池田恒興等の部隊が淀川沿いに湿地帯を迂回して、明智軍の側面に奇襲攻撃を加え、明智軍は大混乱となります!
 これをきっかけに明智軍の戦線は崩壊し、明智光秀は山崎の北の勝竜寺城(織田信長上洛の際に、三好三人衆の一人、岩成友通が立てこもっていた城⇒第17話)に逃げ込みます。
 

第299話 山崎の合戦③

戦え!官兵衛くん 第299話
 秀吉軍が接近中との報を受け、明智光秀は淀川と天王山に挟まれた山崎の隘路で迎撃すべく陣形を整えます。現在、京都競馬場やサントリーの山崎蒸溜所、天王山トンネルのある付近です。

 明智光秀につくはずだった大和の筒井順慶(松永弾正のライバルだった人)は、秀吉に内通し、籠城してしまいます。
 この時の筒井順慶の曖昧な態度を指して、日和見の事を「洞ヶ峠を決め込む」という故事成語が生まれました。筒井順慶に関連する故事成語には、他にも「元の木阿弥」があります(⇒第63話)。

 また、光秀は雑賀・根来衆にも協力を求めましたが、直前過ぎて参陣できませんでした。結局、明智光秀は秀吉軍の半分以下の戦力しか集められませんでした。
 秀吉軍は淀川と天王山の間を西国街道沿いに縦列になって進軍するしかないので、明智光秀は数の不利を補うため、1コマ目のような陣形をとったという訳ですね。

 秀吉軍先鋒の中川清秀、高山右近の部隊が山崎の町と天王山を占拠していました。この後、天王山には羽柴秀長、黒田官兵衛等の部隊が入り、中川清秀の部隊は明智軍の正面に移ることになります。
 双方でにらみ合いが続く中、6月13日夕刻頃、移動中の中川清秀の部隊を明智軍先鋒が攻撃し、戦端が開かれました!

第298話 山崎の合戦②

戦え!官兵衛くん 第298話
 前回の少し前に話は戻ります。
 軍勢の終結に先立ち、羽柴秀吉は摂津衆から人質を集めようとしますが、秀吉の義兄弟の中川清秀は秀吉の態度に気分を害してしまいます。
 憤慨した中川清秀は渋々、人質を差し出しますが、空気の読めない中川清秀の態度を察知した秀吉は、人質の受け取りを断り、度量の広さを演出します。

 一方、信長の三男、織田信孝に対しては上から目線で対応します。配下の兵が逃亡したため(⇒第284話)、単独で光秀を討てなくなった信孝はやむなく秀吉の下で光秀と戦うことになります...

 山崎の戦いの前から、戦後の実権を巡る戦いが始まっていました。

第297話 山崎の合戦①

戦え!官兵衛くん 第297話
 天正10年(1582年)6月9日、秀吉軍は明智光秀を討つべく、姫路を出発します。
 同日、仙石秀久率いる別働隊が淡路に渡り、明智光秀に同調する淡路水軍衆を抑えます。わざわざ手勢を割いて淡路に向かわせたのは、大軍を派遣した後の播磨が水軍に攻撃されるのを防ぐためだと思われます。

 6月11日、尼崎に到着した秀吉軍は、池田恒興等摂津衆、信長三男の織田信孝等に協力を求めます。
 本来であれば、信長の三男で四国追討軍を率いていた信孝が明智光秀追討の先頭に立たねばならないのですが、逃亡者が相次いだことから、軍勢が数千にまで減ってしまい、光秀追討の主力とはなれなくなっていました。
 その結果、秀吉が総大将となって明智光秀追討に当たることになります。

 6月12日、一向衆の自治都市の富田に入った秀吉軍は、信孝、池田恒興、中川清秀、高山右近等と作戦会議を開きます。
 秀吉は、中川清秀、高山右近に山崎と天王山の占拠を指示し、有利な態勢で決戦を迎えることになります。

(独自研究)
 山崎の戦いの直後に、本願寺法主顕如の息子教如は朝廷から赦免され、顕如から義絶(絶縁)を解かれます。
 雑賀内部のゴタゴタや明智追討軍の富田入りと何か関連があるのかもしれません。

大河ドラマ「軍師官兵衛」 第29話「天下の秘策」 あらすじ・感想

 前回の第28話「本能寺の変」が神がかり的に面白かった軍事官兵衛。この面白さが続けば良いのですが、今回はやや微妙。登場人物、とくに官兵衛の頭が悪いという欠点が出てしまいます(^_^;)
 
 備中高松城攻めの陣中で本能寺の変を聞いた官兵衛達は、毛利との和睦を急ぎます。なんと、官兵衛は安国寺恵瓊に本能寺の変の情報を伝えてしまいます。安国寺恵瓊は備中高松城主清水宗治を説得して、織田に寝返りさせようとしますが、忠義の人清水宗治に拒まれ、失敗します。
 だったら、安国寺恵瓊は信長が明智光秀の謀反で殺害されたことを清水宗治に伝えて、説得すれば良かったと思うのですが...

 6月4日早朝、高松城で清水宗治とその兄、家臣達が切腹します。官兵衛は清水宗治に手を合わせて冥福を祈りますが、毛利を騙した形になっての切腹に遺恨が残ることになります。
 しかし...「江」じゃないんだから、清水宗治が死の直前に官兵衛のことを思うのはやめてほしいです。
 
 一方、6月5日に明智光秀はようやく安土城に入ります。舶来品に囲まれた昭和のクラブというか劇画「男組」の生徒会室といった怪しい雰囲気の信長の座に座った明智光秀は、天下人になるべく配下に指示を飛ばしていきます。
 戦国最強の逆天才、京極高次等は、おね達が逃亡した長浜城を占領、おねは不安げに秀吉の帰還を祈ります。

 高松の陣中では、秀吉が中川清秀に「信長・信忠が生存している」との偽情報の手紙を返信します。殿軍になった官兵衛は、小早川の陣へ向かい、小早川隆景と折衝します。
 本能寺の変を知った小早川隆景は、官兵衛に「追撃するぞ」と脅しますが、官兵衛は「秀吉が天下を取る。ここで遺恨を残すより、秀吉に恩を売った方が得だ」と怒鳴り返します。怒鳴る演出はうるさいので止めてほしいです(^_^;)
 ここで官兵衛は問題発言。「秀吉が天下を取る」と小早川隆景に明言してしまいました。「秀吉が天下を取る」ということは、「織田家の乗っ取りを図ります。必要があれば信長の一族も殺害します。」という意味なのですが...
 本能寺の変のどさくさにまぎれて織田の天下を奪うことを宣言するとは、お前等の方が逆賊になるだろと小一時間...

 もちろん、史実の秀吉・官兵衛は、大河ドラマの登場人物より遥かに頭が切れるので、織田乗っ取りに際して、細心の注意を払っています。

 小早川隆景は官兵衛を生温かい笑顔で見送り、毛利の旗を渡して明智光秀追討を応援します。
 しかし、史実では毛利と織田の和睦の件で遺恨が残りまくりになります。軍師官兵衛でも遺恨が残る設定で話が進むことなります。
 小早川隆景は激怒する兄吉川元春に「官兵衛は毛利の本領安堵を約束した。あの男は必ず約束を守ります。」と説得します...秀吉が負けたり、他の勢力が光秀を討って天下の実権を握れば、和睦は何の意味もなくなると思いますが...
 これで本領安堵を確信するとは、小早川隆景は頭が悪すぎです...
 
 明智討伐を目指す秀吉軍は、馬を駆け、さっそうと姫路へと帰還していきます。中国大返しの始まりです。
 ただ、当時の西国街道は道幅6mくらいしかないので、あれだけの数の馬を一斉に走らせるのは無理と思われますが...
 官兵衛クンも馬を駆け、疾走していきます。官兵衛クンは殿のはずなので、馬を疾走させると次々に徒歩の軍勢を追い抜いていくことになりますが、それで殿が務まるのか(-_-;)

 脚本のダメさがちらほら出てしまった軍師官兵衛。次回第30話の「中国大返し」でも、矛盾感満載の描写がチラホラ。

(ネタバレ)
 次回、第30話「中国大返し」では、凶日なので出陣を控えるようにとの進言に、「姫路には二度と帰って来ぬ!」と秀吉は高らかに笑い返します。
 明智を倒して天下を取れば、姫路に戻る必要はない!との決意を示す場面ですが、清州会議の決定により秀吉は近江長浜を柴田勝家に譲渡することになるので、実際には、すぐに姫路に戻ってくることになります(^_^;)

第296話 雑賀孫一逃走

戦え!官兵衛くん 第296話
 この当時、紀州は地侍を中心とした自治組織や高野山や根来寺といった大寺院を中心とした勢力が支配していました。紀州北東部(和歌山市周辺)を中心とする雑賀郷には、雑賀衆と呼ばれる集団が自治を行っておりましたが、織田信長の台頭により、紀州の自治の伝統は大きく揺らいでいくことになります。

 雑賀衆のうち本願寺を信仰する集団は、長年、本願寺と争う信長と対立していましたが、和解に絡んで顕如を中心とする穏健派(後の西本願寺)と教如を中心とする強硬派(後の東本願寺)に分裂します(⇒第227話)。
 本願寺内部での対立が深まる中、顕如を推す勢力は織田信長に接近することになります。

 本願寺顕如派の雑賀孫一の織田派への寝返りにより、雑賀内部で雑賀孫一の権勢が強くなっていきました(⇒第268話)。
 ワイズマン織田信長の庇護の下、アストラギウス銀河の神となるべく、雑賀の実権を握るべく土橋若太夫を殺害する等、雑賀孫一の勢力増強の姿勢に、紀州内部での反感は強くなっていきます。

 しかし、織田信長が本能寺の変で倒れたため、庇護者を失い、身の危険を感じた雑賀孫一は、さっさと雑賀から逃走します。旧土橋派を中心に打倒孫一派で固まった雑賀衆に、高野山への強圧姿勢をとる信長への疑問感を強めていた雑賀衆も同調し、紀州は反孫一勢力で固まります。

 そのような状況の中、凡将蒲生賢秀の行動(⇒第286話)により、巨額の活動資金を得ていた明智光秀が協力を依頼します。明智光秀は戦国時代最強の戦闘集団、雑賀衆・根来衆に接近します!

 次回、いよいよ山崎の戦い編に突入します!孫一の飲む宇治の抹茶は苦い...

登場人物紹介(山崎の戦い①)

戦え! 官兵衛くん。登場人物紹介 山崎1 
  いよいよ、物語も本能寺の変から中国大返し、山崎の戦い、清州会議へと佳境に入っていきます。
 登場キャラも増えてきたので、主人公周辺の人物の紹介をします。

 羽柴秀吉(上図右)
 織田信長の重臣。毛利軍との対決中に本能寺の変が勃発するも、毛利と和睦し、危機を切り抜ける。
 明智光秀を倒し、織田家乗っ取りを企てる極悪人。

 堀久太郎秀政(上図中)
 織田信長の側近兼元愛人。織田信長の寵愛を受けながら、秀吉に協力し、織田家乗っ取りに加担する。
 何でもできるので「名人」と呼ばれる。

 黒田官兵衛孝高(上図左)
 羽柴秀吉の軍師。大河ドラマ「軍師官兵衛」の主人公。
 羽柴秀吉の織田家乗っ取りと天下統一をサポートしていく。
 山崎の戦いでも大活躍する。

 織田(神戸)信孝(下図左)
 織田信長の三男。父信長、兄信忠の死後、配下の逃亡により、光秀打倒どころではなくなる。
 山崎の戦い後、織田家を支えようとするが、秀吉達の謀略により自滅していく。

 丹羽長秀(下図右)
 織田信長の重臣。本能寺の変の際は、信孝と共に四国討伐軍に加わっていた。山崎の戦い後は、勝ち馬に乗るべく羽柴秀吉に接近し、秀吉の織田家乗っ取りに協力していく。

第295話 美濃斎藤家再興

戦え!官兵衛くん 第295話
 元美濃三人衆の一人で織田信長のお気に入りだった美濃の稲葉一鉄(斎藤利三の舅で本能寺の変に至る原因の一つを作った人⇒第259話、⇒第260話)は、本能寺の変勃発により、戦国武将としての血が騒ぎ始めます!
 本能寺の変の直後、独立勢力になることを目指し、武装蜂起!
 稲葉一鉄は甥の斎藤利堯(としたか)―美濃の蝮と呼ばれた斎藤道三の息子で、織田信長の正妻の濃姫の弟(つまり信長の義理の弟になります...)―と共に美濃斎藤家再興を宣言します!

 かつて佐久間信盛等と共に織田信長に追放された元美濃三人衆の安藤守就(竹中半兵衛の舅⇒第237話)は、追放後も美濃に潜伏していました。安藤は旧領を回復すべく明智光秀と結び、武装蜂起します。
 しかし、美濃の覇者となることを目指す稲葉一鉄は、6月8日に安藤守就を撃破すると、美濃の諸城の攻略を開始します。

 この後、織田信長の側近兼愛人の森蘭丸の兄で戦国最凶の男の一人、鬼武蔵こと森長可(もりながよし)も美濃に帰還し、美濃は大混乱となります。

第294話 中川清秀への手紙

戦え!官兵衛くん 第294話
 本能寺の変の直後、摂津の中川清秀は、信長死去の連絡を備中高松の羽柴秀吉に伝えます。京に近い茨木城主中川清秀は、いち早く、正確な情報を掴める立場だったので、秀吉だけではなく、大坂にいた四国征伐軍の織田信孝にも情報を送り、誰に付いて明智と戦うのか検討していたようです。

 しかし、6月5日付の秀吉からの返信は、織田信長、信忠父子が側近の福富秀勝の手によって逃亡に成功、膳所(ぜぜ、大津市⇒第285話で山岡景隆に焼かれた瀬田の大橋の近く)に逃れて生存しているという偽情報が書かれていました...
 もちろん、織田信長、信忠父子は本能寺の変で死去していますが、福富秀勝も信忠と共に二条城で戦死しています。

 おそらく、秀吉からの返信は6月7日から9日頃に中川清秀に到着したと思われますので、流石に返信が到着した時点で中川清秀が信長父子生存を信じたというのはちょっと信じがたい気がします(^_^;)
 
 中川清秀は妹婿の古田重然(織部)の説得もあり、親友の秀吉と共に明智光秀と戦うことを決意します!
 高槻城主高山右近等、摂津衆は秀吉に協力することを約束します。
 
 秀吉は摂津衆以外にも多くの使者を派遣しているようですので、かなり早い段階から情報戦を開始していたことがうかがえます。

 次回、美濃で、誰にも予測できないような事態が勃発します!

第293話 中国大返し②

戦え!官兵衛くん 第293話
 毛利との講和を取りまとめた羽柴秀吉は、毛利軍の動向をにらみながら、播磨への撤退を図ります。
 1コマ目の日程は、中川清秀への返信の手紙に拠るものですが、返信は信長生存の嘘を告げたデマ文書ですので、日程が事実かどうか争いがあります。もっとも、返信の日程は、軍事的にみて非常に合理的なのではないかと思います。

 6月6日夜半~7日未明にかけて、姫路城に帰還した秀吉は、兵を1、2日休養させた後、光秀打倒に向けて上洛を開始します。
 中国大返しと言っても、単に迅速な撤退をしただけではなく、上洛に向けての作戦立案と織田家中の調略を同時に行っています。織田信長の側近中の側近だった堀久太郎秀政は織田家中の調略で活躍し、清州会議後に大幅な加増を受けます。また、上洛作戦と並行して、9日には淡路攻略が開始されていますので、淡路担当補佐だった黒田官兵衛も作戦の立案や渡海の準備・指示などで、大返し中から任務に携わっていたと思われます。

 一方、近江では、京極高次等の軍勢が本拠地の長浜を陥落させており、秀吉の正妻おねとも連絡が取れなくなっておりました。
 新キャラで秀吉の側室の姫路殿が登場していますが、信長の弟の織田信包の娘(信長の姪!)とされていますので、伝承と違って本能寺の変後、姫路を出るまでに側室になったのかもしれません。なお、南の局と姫路殿の心中のセリフは想像です(^_^;)

第292話 中国大返し①

戦え!官兵衛くん 第292話
 本能寺の変の報が毛利にも伝わると、羽柴秀吉に騙された事を知った吉川元春は秀吉軍の追撃を主張します。
 しかし、官兵衛により高松城を包囲する堤が切られ、水浸しにされてしまった事と、小早川隆景の反対により追撃は取りやめになります。
 この後も、小早川隆景は反秀吉の姿勢をとる兄吉川元春を説得し、秀吉は小早川隆景の恩義に厚く報いることになります。

 龍野の赤松政秀の遺児、斎村政広(赤松広秀)が殿となり、背水の陣の状況で中国大返しが開始されました。

(突っ込み)
 大河ドラマ「軍師官兵衛」第30話「中国大返し」では、全軍が6月6日に高松から出発したという説をとり、黒田官兵衛が殿になったという設定になっています。
 この漫画では秀吉からの中川清秀への返信の手紙をもとに6月5日に既に秀吉は出発していたという説で書いています。中川清秀への返信は「信長父子が生きていた」という大嘘が書いてあるため、物議を醸す手紙ですが、位置と日付については、秀吉本隊が街道沿いに小刻みに移動して、毛利軍の動向に注意しながら情報の発信・把握に努める返信の内容に拠る方が合理的ではないかと思います。
 用意ドン!で全軍が高松から姫路に駆け抜けた方が絵的には映えるかもしれませんが、実際には秀吉は本能寺の変の一報が入った直後から、街道封鎖と織田方への調略、軍事作戦の計画立案を行っていますので(6月9日には仙石秀久率いる別働隊を淡路に派遣しています)、参謀の官兵衛は殿ではなく秀吉の傍にいたと考えるのが自然ではないかと思います。

姫路オクトーバーフェスト2014へ行ってきました!

オクトーバーフェスト
 あいにくの天候でしたが、日曜日に大手前公園で開かれているビールの祭典オクトーバーフェスト2014に行きました。
 暦の上ではオクトーバー♪と銘うっていますが、7月に開催しますので、要注意です(^_^;)

 ぐずついた天候の中、結構な人出でした!綺麗になったお城を見ながら、ヨーロッパのいろんなビールが楽しめて、ビール党にはたまらないでしょうね。
 私はビールはあまり飲まないので、アイスバインとポテトをテイクアウトして、ウィスキーを飲みながら家で軍師官兵衛を視聴しました(汗)。

 姫路の某酒店で売れ残っていた竹鶴12年をゲット。商品の回転が悪いのか、時々掘り出し物に出会うので、姫路の商店街は侮れません。
 やっぱり竹鶴12年は竹鶴ノンエイジよりも、コクというかウィスキー感があります!竹鶴ノンエイジは、華やかな味わいで良いのですが、同時に竹鶴12年と飲み比べてしまうと、高い原酒の割合が少ない感というか、コストがかかっていない感が出てしまいます。まぁ、ノンエイジもこの間のスーパーニッカクリア(⇒スーパーニッカクリア発掘)よりは格段においしいのですが。
 フルーティー度というか華やかさは12年より、ノンエイジの方が増していますので、ウィスキーに馴染みの少ない方はノンエイジをおすすめします。

 秋には竹鶴政孝さん夫妻をモデルにした朝ドラも始まるのに、竹鶴12年を終売にしてしまうア○ヒビール(ニッカウヰスキーの親会社)は、ニッカをどうしたいのでしょうか(-_-;)

 ちなみにアイスバインは付け合せのザワークラフトとともに美味しかったです。

 玉虫
 姫路城の近くで、タマムシを見つけました!何かいいことあるといいですね(*^_^*)

大河ドラマ「軍師官兵衛」 第28話 「本能寺の変」 感想・あらすじ

 大河ドラマ「軍師官兵衛」もいよいよ中盤の山場、本能寺の変~中国大返し~山崎の戦いに入ります。
 話もグングン面白くなってきています!序盤のグダグダさが嘘のようです(おたつが不憫です)。
 NHKも直前にスペシャルまで放映する力の入れようで、視聴率UPも夢ではないかも?

 明智光秀の軍勢が、本能寺を襲撃!信長は愛人森蘭丸等少数の手勢を従え、妻濃姫とともに奮戦しますが、衆寡敵せず自決します。
 濃姫の奮戦が見どころです!内田有紀さん演じる濃姫は、信長と共に大立ち回りを演じ、どう見ても今まで要らないキャラとしか思えなかった内田濃姫の殺陣が圧巻です!

 信長と共に奮戦する濃姫に、信長は「流石,マムシ(斎藤道三)の娘よ!」と賛辞を送ります。
 本能寺の変の後、濃姫の弟(つまり斎藤道三の息子)が、現代人では想像もつかない戦国武将らしい斜め上の行動をとりますが、こちらも「流石、マムシの息子よ!」と絶賛してあげたい(^_^;)
 
 江口洋介さん演じる信長は、どう見ても信長に見えないと酷評されていましたが、本能寺の直前頃から何とか信長っぽく見えるようになってきました。確かに序盤の「うつけ」時代の姿とか、直視するのが辛いくらいですし...
 もっとも、視聴者が期待していた敦盛は舞いませんでした。

 安土の土田御前(信長の母)にも本能寺の変で信長・信忠父子が討たれたとの報が入ります。土田御前は信長等の死を悼みますが、中々の名シーンです。
 まぁ、信長の弟信行の息子の津田信澄は、信長の三男の織田信孝に内ゲバで殺害されますが(´Д`)

 その頃、備中高松の陣近くで、官兵衛に看取られながら、旧主小寺政職が息を引き取ります。恒例の作り話ですが、こちらも中々の名シーンでした。小寺政職の性格付けと序盤での描写に難があった感が否めませんが、それを取り戻すかのような片岡鶴太郎さんの渾身の演技です。
 天に召される小寺政職に、姫路名物の姫路おでん(もちろん豆腐は小寺豆腐)を食べさせて上げたかったです!

 6月3日、高松城に長谷川宗仁からの使者が到着します。使者は秀吉か官兵衛でないと伝えられないと主張しますが、羽柴秀長でもダメだったのでしょうか。それより、何故、官兵衛をご指名?
 本能寺の変を知った官兵衛は、密かに秀吉に信長・信忠殺害の事実を伝えます。
 驚愕し、動転する秀吉に官兵衛は「ご運が開けました!」と一言。極悪モードに入った官兵衛を演じる岡田准一さん、竹中秀吉の性格の嫌らしさを見事に引き出しています!
 人格破綻者状態の黒田官兵衛は「(織田家を乗っ取って)天下を取りましょう!」とか、「信長公もそれを望んでいます!」と煽り立てます。
 しかし、織田信長は織田が簒奪されたり、嫁や息子・孫が秀吉(と官兵衛)に殺害されることまでは望んでいないと思われますが(^_^;)
 しかも、官兵衛は竹中半兵衛の遺志まで持ち出して、秀吉に天下取りを勧めますが、この頃、竹中半兵衛の舅の安藤守就は、明智光秀と結んで織田に反旗を翻していますので、発言が一発退場の危険球になっちゃっています(*^-^*)

 その直後, 黒田官兵衛は毛利の外交僧安国寺恵瓊に、本能寺の変の事実を伝え、秀吉の天下取りへの協力を求めます。
 極悪路線を歩み始めて、俄然、面白くなった軍師官兵衛。変に改心したり、擁護したりせず、極悪人のまま突き進んで行ってほしいですね。

 

第291話 毛利との和睦②

戦え!官兵衛くん 第291話
 本能寺の変の翌々日の天正10年(1582年)6月4日、織田と毛利の和睦が成立し、備中高松城で城主清水宗治が切腹します。清水の切腹の際に介錯した家臣や兄等も共に切腹しました。

 人質の交換も終え、双方のにらみ合いが続く中、徐々に織田軍は撤退していきますが、その直後に毛利陣中に本能寺の変の報が伝わります...
 信長の死を告げずに清水宗治の切腹を要求する秀吉の態度に吉川元春は激怒し、秀吉に悪感情を抱くことになります。

 吉川元春は、秀吉に対する敵意をむき出しにしますが、合理的な弟の小早川隆景は秀吉との宥和路線を取ります。智将小早川隆景と羽柴秀吉・黒田官兵衛は吉川元春の憎悪すらも調略の手段としていきます...

第290話 毛利との和睦①

戦え!官兵衛くん 第290話
 毛利より先に本能寺の変の情報を入手した羽柴秀吉は、黒田官兵衛に毛利との和睦交渉を急がせます。
 毛利の外交僧安国寺恵瓊との交渉で、官兵衛は、割譲する領地の点では譲歩しますが、高松城主清水宗治の切腹の条件は譲りませんでした。
 もちろん、清水宗治の切腹要求は、本能寺の変を糊塗するためのブラフです。

 毛利方は、美作・因幡・備中の一部のみの領地割譲(つまり、ほとんど現状維持に近い-ただし、詳細な国境線は決められていません。ここがミソ‐)というエサに引っ掛かり、清水宗治切腹の条件を受諾します。

 この時、実利思考の小早川隆景は和睦に積極的でしたが、義に篤い傾向のある吉川元春は、清水宗治の切腹に難色を示します。後に本能寺の変を隠して秀吉が和睦を結んだことが判明すると、吉川元春は羽柴秀吉に憎悪の念を抱くことになります。

 高松城主清水宗治は切腹を快諾し、和睦は成立します。

(おまけ)
 病弱な妻がいるにも関わらず、取引先のOLと不倫している兄に「妻が死んだ」という連絡が入ります。兄は妻を悼んで号泣しますが、思わず「ご運が開けましたな。保険金で会社の借金も整理できるし、大手を振って好きな女と暮らせますがな。」と余計なひと言を言ってしまう弟...ブラックです(某朝ドラとは無関係です)。
 
 大河ドラマ「軍師官兵衛」では、本能寺の変を聞かされ、泣き崩れる秀吉に、暗黒軍師官兵衛は「ご運が開けましたな」と余計なひと言を耳打ちします。いつの間に極悪人になったのでしょうか(^_^;)
 最初から極悪もOKという路線で行っていれば、視聴率の低迷もなかったのかも。

第289話 高松への使者

 戦え!官兵衛くん 第289話
 備中高松城は、羽柴秀吉により水攻めにされ、陥落寸前となります。
 劣勢の毛利軍は、織田信長の出陣を前に何とか和睦しようと、毛利の外交僧の安国寺恵瓊は、秀吉の参謀の黒田官兵衛、蜂須賀小六と和睦の交渉を行います。
 しかし、備中高松城主清水宗治の切腹を巡って、織田と毛利の話し合いはまとまりませんでした。

 天正10年(1582年)6月3日夜、高松の秀吉陣中に、京都の商人長谷川宗仁からの使者(他にも諸説あり)が、本能寺の変の最初の報を伝えます。
 織田信長の死の知らせを聞いた羽柴秀吉は放心状態となりますが、官兵衛の喝の一言により、秀吉は明智光秀討伐を決意します。

 ここで、官兵衛は「運が向いてきましたな」とか、「天下取りのチャンスですよ」とか、ひどいのになると「織田信雄と信孝なんて、どうにでもなります。光秀を倒して天下をとりましょう」と発言し、秀吉が警戒したとされます。
 しかし、「天下取り」云々は後世の作り話感が強く(中央の情勢が、まだよくわからない段階だから)、信用できません。

 さらに、明智光秀を討っただけでは天下を取れず、天下を取るには織田信長の一族を排除する必要があります。
 この後、羽柴秀吉は、織田信長の妻子の殺害を含む手段で信長の一族を権力中枢から排除していきます。
 秀吉に「天下を取れ」というのは、「信長の一族を殺せ」ということを意味しますので、本当に官兵衛が「天下取り」云々を本能寺の変の直後に秀吉に勧めたというのは、非常に考えにくい話です。

 おそらく、「逆臣明智光秀を討ち、信長公の仇を討ちましょう!」とか、仮に余計なひと言を言ったとしても「光秀を討てば、戦後の発言力が高まります」といった程度の発言だったのが、後世、次第に尾ひれがついていったものと思われます。
 
 軍師官兵衛では、第29話の「天下の秘策」での逸話になるようですが、あれだけ善人だった白官兵衛くんが、黒官兵衛にジョブチェンジして、どんな発言をするのか気になります。

 次回、羽柴秀吉は黒田官兵衛に毛利との和睦締結を命じます。毛利との交渉、播磨への撤退(中国大返し)と並行して、光秀を討つ作戦立案と織田家中への調略を開始します。
 

第288話 光秀の工作

戦え!官兵衛くん 第288話
 本能寺の変後、京都を占領した明智光秀は、京都市民の懐柔を図ります。
 京都は御所に避難民が殺到するなど、騒然としておりましたが、光秀が治安の維持に努めたため、平穏な情勢に戻っていきました。
 
 一方、山岡景隆に瀬田の大橋を焼かれたため(⇒第285話)、光秀の初動が大幅に遅れることになりました。
 6月5日にようやく安土に入った光秀は、無傷の安土城と膨大な信長の財宝を目にします。しかし、織田信長の家族は蒲生賢秀・氏郷父子の手によって逃亡していたため、人質にとることはできませんでした(⇒第286話)。
 明智光秀は信長の家族を人質にとるべく、蒲生父子の居城の日野城を包囲させますが、貴重な戦力を分散させてしまうことになります...
 
 光秀は安土城と信長の財宝を接収し、多くは工作資金にあてられることになります。→山崎の戦いの後、織田信長の家族を避難させる大殊勲を上げたはずの蒲生賢秀さんに、一部で非難の声が巻き起こります(^_^;)
 明智光秀は接収した資金をつかって、戦国最強の助っ人を味方につけることにしますが...

 次回は本能寺の変の翌日に話が戻ります。高松城を包囲する秀吉軍に本能寺の変勃発の一報が伝わります。

第287話 長浜城陥落

戦え!官兵衛くん 第287話
 織田信長を討った明智光秀は、織田家中の不満分子を中心に調略の手を伸ばしていました。
 若狭の武田元明(京極竜子の最初の夫で、かつて朝倉氏に人質にされていた人⇒第91話)や近江の阿閉貞征(あつじさだゆき、かつて近江の浅井氏の重臣で、織田信長に寝返った人⇒第87話)が、明智光秀に組しました。

 若狭の武田元明の義兄弟で、名門京極家当主の京極高次も復権をめざし、明智光秀に付きました。京極高次は、南北朝時代に活躍した佐々木道誉の子孫でしたが、能力は遠く及びませんでした。

 近江で明智光秀の勢力が活発になったことから、近江長浜城にいた羽柴秀吉の妻、おね(高台院、大河ドラマ「軍師官兵衛」では黒木瞳さんが演じています)達、秀吉の家族・家臣は、主力不在の長浜城防衛を諦め、城から避難します。
 
 京極高次等は、無主となった長浜城を占拠します。京極高次が「明智光秀と天下を取るぞ!」と威勢を上げていますが、京極高次は、戦国最強の逆天才として、やることなすこと全て裏目に出てしまうことになります。

 

第286話 安土混乱②

戦え!官兵衛くん 第286話
 本能寺の変後、安土からは逃亡者が相次いだため、残った人数で巨大な安土城を守備することは困難な状況となっていました。
 安土城留守居役の蒲生賢秀は、安土城籠城を諦め、居城の日野城へ、織田信長の家族達を避難させようとします。

 日野から息子の蒲生氏郷を呼んだ蒲生賢秀は、天下の名城を焼くのはもったいないという理由で、安土城を焼かずに脱出します。
 また、あえて安土城の膨大な財宝には手を付けず、そのままにして日野へと向かいます。

 通常は敵に利用されるのを恐れ、城を破壊し、財宝は持って行くか隠すものですが、残念な知力と高い倫理を合わせ持っていた蒲生賢秀は、強欲だという非難を恐れ、財宝を持ち出しませんでした...

 蒲生賢秀の軍事常識に反した行動は、後に大きな影響を与えることになります。

第285話 安土混乱①

戦え!官兵衛くん 第285話
 本能寺の変の直後、甲賀出身で織田信長の家臣であった山岡景隆(山岡兄弟の山岡景友等の兄、⇒第79話、⇒第147話)は、瀬田の大橋を焼いて明智光秀の活動を妨害します。
 
 明智光秀の勧誘を拒否して、信長への忠義を示した山岡景隆等は、甲賀衆の必殺技、山中へ逃亡してのゲリラ戦の構えを見せます。
 山岡が瀬田の大橋を焼いたことから、明智光秀の初期対応は遅れを見せてしまいます。この初期対応の遅れが致命的な結果を招くことになります...

 また、本能寺の変で織田信長が焼死したことから、明智光秀は織田信長の首を晒すことはできませんでした。羽柴秀吉、黒田官兵衛や小早川隆景、宇喜多直家のような人物だったら、適当な首を用意して、「信長の首」を晒したと思いますが、根が真面目だったのか、明智光秀は「信長の首」を晒すことはしませんでした...

 本能寺の変は、逃亡者によって安土城にも伝わります。信長・信忠(事後的にみると、織田信忠は逃亡できた可能性が高いような...)父子の死が伝わると、安土から逃亡者が相次ぎ、安土は騒然とした状況になります...

 しかし、この緊急事態に対応すべき安土城留守居役の蒲生賢秀(がもうかたひで)は、名前と違って、少し残念な能力の人でした。
 賢秀の父の蒲生定秀(がもうさだひで、六角氏の重臣で六角滅亡の際に信長に鞍替えした人)や息子の蒲生氏郷(がもううじさと、信長の娘婿でキリシタン大名・茶人として著名な人)は、非常に有能な人だったのですが、蒲生家は才能が隔世遺伝するらしく、孫の蒲生秀行(がもうひでゆき)も残念な人になります。

第284話 四国征伐②

戦え!官兵衛くん 第284話
 四国征伐①(⇒第274話)に続く、四国征伐の第2回目の話です。
 土佐の長宗我部元親の文書が公表され(⇒長宗我部元親、信長に恭順示す手紙発見、本能寺直前)、何かと四国征伐が話題になっています。長宗我部氏に絡む問題が本能寺の変の主要な原因だとするのが、いわゆる四国説です。

 本能寺の変の直前、織田信長は土佐の長宗我部元親討伐を命令します。
これに対し、長宗我部元親とのつながりが深い明智光秀の仲介で長宗我部元親は織田信長に恭順を示し、阿波の三好氏から奪った領地の返還を申し入れます。
 しかし、明智光秀の骨折りにも関わらず、織田信長は長宗我部討伐を続行し、三男の織田信孝率いる大軍を四国に派遣しようとします。
 四国渡海を前に、明智光秀が「奪った領地を返還すれば討伐は中止する」等と長宗我部に調子のよい話をしてしまい、進退窮まったのか、「長宗我部が恭順したら四国征伐を中止する」と織田信長に騙されて逆上したのか、詳細は不明ですが、長宗我部元親を救うべく、渡海の前日(6月2日)に明智光秀が本能寺で織田信長を殺害したというのが四国説の骨子です。

 本能寺の変により、四国征伐は中止となりますが、明智光秀の謀反の報を受けて、織田信孝率いる四国攻略軍からは、逃亡者が相次ぐようになり、一万数千はいたはずの四国攻略軍は、数千程度までに減ってしまいます。
 これにより、織田信孝は早々と明智追討の主力となるべき地位から脱落してしまいます...

 歴史にIFは禁物と言われていますが、織田信孝が、「丹波の赤鬼」、赤井直正さんクラスの統率力を持っていたら(補佐役の丹羽長秀さんでも統率できなかったので...)、戦闘準備が完了した軍団が大坂に集結していたため、近隣の勢力を統合し、明智光秀追討の有力候補になっていた可能性が高いと思われます。
 羽柴秀吉が中国大返しに成功しても、血統や軍勢の数からいって、織田信孝が明智光秀追討を指揮することになったでしょう。
 この意味で、四国攻略軍から逃亡者が相次いだことは、羽柴秀吉の天下取りの必要条件の一つとなっていました。

 内部の統制を図るため、織田信孝は裏切者「候補」の粛正を図ります!
 織田信長の弟、織田信行(信長に造反したため誅殺された人。「軍師官兵衛」で信長の母親の土田御前が「信長は弟まで殺した」とか何とか言っている弟のこと。)の息子(つまり信孝からみると従兄弟)の津田信澄が、明智光秀の娘婿であったため、裏切者の息子&娘婿の津田信澄が裏切るものと一方的に決めつけ、無実の津田信澄を内ゲバで殺害してしまいます...

 この後、山崎の戦いの直後の頃まで、補佐役の丹羽長秀は織田信孝をサポートしていきますが、信孝の器量を見切ったのか、勝ち馬に乗りたかったのか、羽柴秀吉に通じ、織田信孝と敵対していく道を歩むことになります。 
 一方、織田信孝は明智光秀追討レースで出遅れた柴田勝家と結び、羽柴秀吉と対決することになります。
 
プロフィール

kurokanproject

Author:kurokanproject
NHK大河ドラマ軍師官兵衛の主人公黒田官兵衛を紹介するマンガを描いています。
織田信長や羽柴秀吉といった歴史上の大人物、黒田官兵衛、小寺政職、赤松政秀、別所重宗といった播磨の武将達や、浦上宗景、宇喜多直家、荒木村重、松永弾正といった一癖も二癖もある連中が活躍します。

↑ポチッとして頂けると励みになります。
ぜひ、第0話から読んでみてください(*^_^*)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。