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第277話 明智光秀出陣命令

戦え!官兵衛くん 第277話
 織田信長は、自ら中国方面へ乗り込み、毛利との対決を決意します。
 信長の出陣に先立ち信長の側近で元愛人の堀久太郎秀政が、軍監として派遣されます。
 織田信長の側近中の側近という重要人物が羽柴秀吉と共に備中高松の陣中にいたことが、後の歴史に大きな影響を与えることになります。

 また、信長は摂津の中川清秀、明智光秀等にも中国への出陣を命令します。
 中川清秀が秀吉の親友であったこと、中国攻略のために出陣準備中であったことが、中川清秀の運命を変えます。

 一方、明智光秀は中国方面軍司令官の羽柴秀吉の下位に立つことが明らかになってしまいました。四国担当から外された光秀は、織田家中での将来に不安を覚えたと思われます。
 明智光秀には、天下を取った後の織田信長の政治ビジョンが見通せていたのかもしれません...
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大河ドラマ「軍師官兵衛」 第26回 長政初陣 視聴後の感想

 ノベライズ本を読む限りでは、微妙感のあった第26回。実際の放送を見てみると、かなり面白くなっていました!
 やればできる子だった軍師官兵衛!

 (よかった点)
・高松城での清水宗治と官兵衛達の会談の際、部屋を開けっ放しにして会談に臨む清水宗治。あえて城兵に会談の様子を見せることで、絶対に調略に応じないという決意を示せてGOOD!な演出です。
 ただ、長年の時代劇&大河ファン・歴史ヲタには意図が伝わりましたが、大河初心者に伝わったかどうかわかりませんので、蜂須賀小六辺りが、一言、解説してくれると、もっと良かったです。
・母里オリーブもこみち太兵衛が、酒を飲むシーンで、杯ではなく重箱で飲んでいました(#^^#)
・高松城周辺の地形を丹念に調べる官兵衛主従。
 作った堤の長さは300mという最近の説を大河で取り入れたのも驚きですが、官兵衛主従の綿密な現地調査により、最小の労力で最大の効果を上げる様子がバッチリ描けています!
・堤の工事現場のセットが、かなりすごい!300m説とはいえ、45分ドラマとは考えられない規模のセットです。
 高松城と湿地のCGや高松城の模型も良いです!
・ノベライズ本の「安国寺恵瓊が派遣した刺客が官兵衛たちを襲うシーン」が、「矢文を放つ展開」に直されていました。
・松坂桃李が若い!どうみても初陣の若者にしか見えません。
・地図や模型を多用して、状況を分かりやすく説明する工夫がされていました!
 最初から図面や模型を駆使していれば、脱落者がもっと減ったかも(^_^;)
・ホームドラマ部分が減っていました!光さんが泣くのは1月に1回までにしてください。

(残念な点)
・工事現場の俵が小さい&どうみても軽い。
 セメント袋も1袋40kgから25kgになりましたし、日本人の基礎体力の低下の影響でしょうか...
・官兵衛の武術が抜群という妙な設定にしてしまったため、武功を上げることに血眼になっている黒田長政を説教する場面に説得力がない...
・いい加減、朝廷陰謀説っぽい場面はやめてほしいです。史実だと誤解してしまう人が出てしまうかも...

(個人的にどうかと思う点)
・岡田准一さんのアザメイクはどうかと...せっかくの男前が台無しです。
・官兵衛と長政が親子に見えない...
・お鮮は何しょん?
・官兵衛達が毛利直臣(しかも一人は毛利元就の娘婿!)を調略した功績がナレーションでの説明だけというのも...
・次回、明智光秀が謀反を決意する様子が説得的に描けるのか、若干不安有。

かなり面白かったので、本能寺の変では視聴率20%越えをしてほしいですね!

第276話 高松城水攻め②

戦え!官兵衛くん 第276話
 吉川元春、小早川隆景率いる毛利軍は、備中高松城救援のため備中に入りますが、秀吉軍に阻まれ、高松城を救援することができませんでした。

 その間にも高松城の水位は上昇し、城は食事の煮炊きもままならない状況に追い込まれます。
 秀吉軍は大鉄砲を積んだ船で高松城を攻撃し、城は陥落寸前となります。

 一方、同盟者の徳川家康、武田旧臣の穴山梅雪等を招いて、安土では武田征伐の勝利を祝う祝勝会が開かれていました。
 徳川家からは徳川家康だけではなく、徳川四天王等、多くの重臣達もやってきていました。 徳川四天王の一人、酒井忠次(姫路の殿様の酒井家とは同族ですが別系統です)は、「海老すくい」という宴会芸が得意だったのですが、徳川家康と家康の嫡男信康の死をめぐって、ギクシャクした関係にあったともされますので(真偽不明)、漫画のコマのようにフレンドリーな宴会だったのかは不明です(^_^;)

 古典作品では、宴会で信長が魚が腐っていると接待役の明智光秀に難癖をつける場面がよく描かれますが、大河ドラマ「軍師官兵衛」では、信長が「この金髪豚野郎!」と「この金柑頭め!」と光秀を罵りながら足蹴りにする場面は出てこないようです。

 毛利軍出陣の報を聞いた織田信長は、自ら中国への出陣を決意します!
 次回、信長は「なんでもできる久太郎」の堀秀政、羽柴秀吉の親友で「軍師官兵衛」では嫌われキャラの中川清秀、そして明智光秀に中国への出陣を命令します。

大河ドラマ「軍師官兵衛」 第26回 長政初陣 ネタバレ・あらすじ

 長丁場のドラマも折り返し地点を過ぎました。本能寺の変、中国大返し、山崎の戦い、清州会議と見せ場が続くはずですが、ここで視聴率も20%越えを目指してほしいですね!

 利発でけなげだった官兵衛の長男、松寿丸は元服後、大幅に劣化して黒田長政となります。長政の実の父親は、世を忍ぶ仮の姿が鉄工所の経営者だった小寺政職だったのかもしれません。長政サゲ描写が連発されますが、松坂桃李君耐えろ!

 羽柴秀勝の具足初め、冠山城攻めと続き、漫画でいうと⇒第272話からになります。
 高松城主清水宗治の調略に失敗した後、秀吉軍は備中国境を守る境目七城の攻略に入ります。毛利元就の娘婿の上原元将さんとか、生石中務さんとか毛利直臣が、調略により織田に寝返っているにも関わらず、外様の清水宗治さんは忠誠心が高いです!

 初陣の冠山城攻めで功績を上げた長政君は得意になりますが、父官兵衛は長政の猪武者振りを案じ、苦言を呈します。

 その間、甲府では織田信長の不倶戴天の敵?六角次郎(六角氏がドラマに登場した記憶はありませんが...今頃、六角とか言われても視聴者は誰それ?状態にならないでしょうか...)を匿った快川和尚が、明智光秀の嘆願にも関わらず、焼き殺されます。ちなみに快川和尚は織田信長の菩提寺の元住職です。光秀は同郷の快川和尚と知り合いかもしれませんが、本能寺の変とはあんまり関係がないと思われます。
 この件も本能寺の変に至る一因にしたいのでしょうが、本能寺の変の回の直前に四国説の有力な根拠となる長宗我部元親の手紙が発表されたり、朝廷陰謀説っぽく描くのは、ちょっと間が悪いです。
 むしろ、四国説からは三好氏と密接な利害関係を結んだ羽柴秀吉と黒田官兵衛が明智光秀を追い込んでいった可能性の方が高いでしょう。

 安国寺恵瓊は官兵衛を暗殺すべく、刺客を放ちますが、返り討ちにされます。官兵衛を討つようなぬるいことをせず、なぜ秀吉を狙わなかったのかは謎です。

 その後、安国寺恵瓊は官兵衛を勧誘、毛利と羽柴で手を結ぼうと誘いをかけますが、官兵衛に拒否されます。この状況で誘いに乗ると考えたのでしょうか?官兵衛に続き、安国寺恵瓊までアホキャラ化されるのは...
 官兵衛は「無駄な戦いを避けたいというのは、われらの本音」と恵瓊に言いますが、実際は織田軍内の拡大路線派が秀吉・官兵衛なので言っていることとやっていることが違います。

 高松城が窪地状の地形であることに目を付けた官兵衛は、高松城の周囲に堤を築いて水攻めにすることを秀吉に提案し、採用されます。
 いよいよ高松城の水攻めが開始されます。

(突っ込み)
 境目七城で官兵衛が成功した調略については、ほとんど触れられていません(´Д`)
 清水宗治は、「秀吉軍には名うての軍師黒田官兵衛がいる!侮ってはならぬ!」と前回の「栄華の極み」で言っていましたが、周囲の発言で「官兵衛すごい」を描写するより、官兵衛が毛利直臣を落としていく場面を丹念に描いてください...

第275話 高松城水攻め①

戦え!官兵衛くん 第275話
 毛利への忠誠心が篤い備中高松城主清水宗治は、羽柴秀吉の勧誘を断り、高松城に籠城します。
 清水宗治は元々三村氏の家臣でしたが、三村氏が毛利に滅ぼされた後(備中兵乱⇒第124話)、毛利に抜擢され、備中の支配を任されます。毛利家臣の裏切りが続く中、清水宗治は外様にもかかわらず、毛利への忠誠を貫きます。

 天正3年(1575年)に黒田官兵衛が織田信長と面会する前後は、備中兵乱と浦上滅亡が同時進行していた訳ですが、毛利の小早川隆景、備前の浦上宗景、播磨の小寺政職&黒田官兵衛を出し抜いて、最大の利益を得たのは宇喜多直家ということになります。
 まぁ、戦国最強の謀略家宇喜多直家一代の成果は、そのまんま羽柴秀吉に持っていかれてしまう事になりますが(*^-^*) 

 調略に失敗した秀吉軍は、高松城を攻撃しますが、周囲を湿地に囲まれた堅城のため、力攻めに失敗します。
 羽柴秀吉は、窪地状の地形に着目し、高松城の周囲に堤を築き、水攻めにしようとします。

 ちなみに織田信長は、浅井長政の小谷城包囲戦の時に、小谷城を囲む土手で川を塞いで堀を作り、防御施設としていますので(⇒第88話)、水攻めに似たようなことを羽柴秀吉や蜂須賀小六達はかつて経験しています。
 大河ドラマ「軍師官兵衛」では、高松城水攻めは第27回の「高松城水攻め」 で放映されます。おそらく、「水攻めのような奇想天外な作戦は、官兵衛にしか思いつかぬ!」「さすがは官兵衛じゃ!」等とのヨイショ発言があると思われますが、高松城水攻めに類似したことは既に織田信長が考え付いています。
 
 羽柴秀吉は周辺の農民を大金で動員し、短期間で足守川をせき止める堤を作り上げます。なお、3kmもの堤を建造したといわれていますが、現地の発掘調査から実際に作ったのは300mだったとの説が有力です。4コマ目の堤は、本当はもっと短い可能性が高いです。
 今でも、高松城周辺は大雨の際に水浸しになるとのことですが、地形を見極め、300mの堤を作っただけで水没させてしまうことを見抜いたのは凄いと思います。

 僅かな期間で高松城を取り囲む堤が完成し、低湿地帯にある高松城は水没・孤立してしまいます。

 次回以降は高松城包囲戦の戦況を描いた後、織田信長と明智光秀周辺に話が移ります。
 明智光秀の謀反により、本能寺で織田信長が殺害された後、血中戦国濃度100%の戦国武将「頑固一徹」稲葉一鉄と戦国最凶の男「鬼武蔵」森長可が斜め上の行動をとり、中国大返しを経て、羽柴秀吉は明智光秀と対決します。

 山崎の戦いで明智光秀を破った羽柴秀吉は織田家乗っ取りを実行、天下取りへの修羅の道を歩み始めます。

 
 

第274話 四国征伐①

戦え!官兵衛くん 第274話
 先日、長宗我部元親の書状が公開され、話題の四国問題が今回のテーマです。
 詳しくはこちら⇒林原美術館所蔵の古文書研究における新知見について

 前に紹介した記事はこちら⇒長宗我部元親、信長に恭順示す 手紙発見、本能寺直前

 漫画を描いてしまった後で、本能寺の変に関わると思われる重要な手紙が公表されました(^_^;)
>(2)本能寺の変直前に関するもの
>①斎藤利三書状(天正10年(1582) 1月11日) 第2巻所収
>斎藤利三が実兄石谷頼辰の義父、空然(石谷光政)に出した書状。
>書状は、頼辰を派遣する旨を伝えると同時に、空然に元親の軽挙を抑えるように依頼したもので、信長と元親との対立状況がわかるとともに、利三が元親に働きかけを行った確証となる史料です。

>②長宗我部元親書状(天正10年(1582) 5月21日) 第2巻所収
>長宗我部元親が斎藤利三に宛てた書状。1月の時点では拒絶した元親ですが、この書状では信長の命令(朱印状)に従うとしています。
>5月の段階で信長は四国への出兵を命じており、戦闘を回避しようとした元親と信長の違いが明らかになります。

>この2通の書状のやりとりで、本能寺の変直前の斎藤利三と長宗我部元親の考えや行動が明らかになりました。
>今後は、本能寺の変のきっかけとなった可能性のある書状として本資料が取り上げられ、さらに研究が進んでいくと思われます。

 この2通の書状から、明智光秀が本能寺の変を起こした原因は、長宗我部と三好の対立に伴う四国問題だという可能性が強いとみられることになります。
 さらに突っ込んでいうと、羽柴秀吉・黒田官兵衛・仙石秀久達が本能寺の変の一因を作り出した可能性が高いということになります。黒田官兵衛は、作戦上の必要があれば、かなり際どい事もやる人で、某大河ドラマに出てくるような善人だけども頭が悪い武将ではありません(^_^;)

 登場人物はこちら
 ⇒三好関係者その1 ⇒三好関係者その2
 ⇒長宗我部関係者
 明智光秀の重臣斎藤利三の実兄石谷頼辰(いしがいよりとき)は、漫画に登場させる予定がなかったので名前しか出ていません(´Д`)
 斎藤利三の母親が石谷頼辰の義父、石谷光政(空然)と再婚して、頼辰が石谷光政の養子に入ったので、兄弟でも斎藤利三と苗字が違っています。斎藤利三・石谷頼辰の異父妹(父石谷光政)が長宗我部元親の妻になったため、空然が土佐に入り、長宗我部元親の暴走を抑えようとしたという関係です。

 それでは、本題に入ります。
 天正10年(1582年)5月、織田信長は三男織田信孝率いる軍勢に土佐の長宗我部元親追討を命じます。
 5月11日、織田信忠の軍勢は住吉(大阪市)に到着。四国渡海の準備を始めます。
 
 一方、織田信長は、長宗我部氏と対立する三好氏長老で織田重臣の三好康長を先発隊として四国に派遣していました。四国に乗り込んだ三好康長は、強大な織田軍の力をバックに、一時的に三好氏の勢力を増大させます。

 その頃、羽柴秀吉率いる中国方面軍が毛利領内の備中(岡山県西部)に侵攻していました。織田信孝率いる四国方面軍の行動は中国方面軍の動きと連動しての作戦と思われます。

 織田信孝、丹羽長秀等、四国方面軍は四国渡海の準備を進め、天正10年(1582年)6月初旬に四国に入ることになりました。
 

ドイツビールの祭典、姫路オクトーバーフェスト

 姫路関連の情報を全く発信していないと地元の一部から突っ込みのある「戦え!官兵衛くん。」ですが、たまには地元の役に立つ情報も流します!

 ドイツビールの祭典、姫路オクトーバーフェストが平成26年7月11日から21日まで開催されます。

 詳細はこちら⇒姫路オクトーバーフェスト2014
 姫路大手前公園の場所は姫路城の真ん前です!

 オクトーバーなのに7月にやります!

第273話 秀吉の備中侵攻

戦え!官兵衛くん 第273話
 天正10年(1582年)4月12日、備前の毛利勢力を掃討した秀吉軍は、備中に入ります。
 羽柴秀吉は、備中東境を守る境目七城の攻略を開始し、北の宮路山城を降伏・開城させます。境目七城とは秀吉軍の侵攻に備えた備中国境の宮路山城・冠山城・高松城・加茂城・日幡城・庭瀬城・松島城の7つの城です。配置図・地図は1コマ目をご覧ください。
 七城のそれぞれが連携して防衛する戦略でしたが、秀吉軍はまず美作方面への連絡を絶つことを図るため、北方からの攻略から始めたという訳です。

 庭瀬城は、位置的に離れたところにあったため、毛利軍は城主の井上有景に城を放棄して撤退するように命令しますが、井上有景は撤退を拒み、籠城しています。しかし、攻撃の優先対象から外れたことから、織田・毛利の和睦成立まで防衛に成功していたようです。
 また、一番南端の松島城は、高松城攻めでの攻撃を受けていません。

 冠山城では、黒田官兵衛が調略に失敗したり、宇喜多直家の弟で「兄を恐れ、鎖帷子を着込んでいた男」宇喜多忠家等が力攻めに失敗したり、「戦国史上最もろくでもない失敗をした男」仙石秀久が伊賀衆とともに城の水源を切ろうとして失敗したりし、攻略に難航します。
 しかし、城で失火が発生した隙をついて、加藤清正が城へ一番乗りを果たし、冠山城は落城します。

 大河ドラマ「軍師官兵衛」では、黒田長政(松坂桃李さんが演じます)の初陣ということで、第26回「長政初陣」で冠山城攻めが大きく取り上げるようですが、実際に活躍したのは、加藤清正です。

 日幡城に援軍に来ていた上原元祐は、毛利元就の娘婿なのにも関わらず、秀吉に内通し、日幡城主を殺害してしまいます(上原元祐も殺害されます)。
 加茂城に援軍に来ていた生石中務も秀吉軍に寝返ります。劣勢の毛利軍は、求心力がかなり落ちていたようです...

 しかし、境目七城の中心となる高松城主の名将清水宗治は、毛利への忠誠心が厚く、秀吉からの勧誘に頑として応じませんでした。
 周辺諸城を落とした秀吉軍は、高松城を攻略すべく包囲を開始します。

第272話 秀吉の備前入り

戦え!官兵衛くん 第272話
 羽柴秀吉は、毛利氏攻略のため備前(岡山東部)に入ります。
 秀吉は養子の羽柴秀勝(織田信長の四男)の具足初めのため、天正10年(1582年)3月17日、備前の要衝、児島の支城を攻略します。

 また、織田信長の三男、信孝は、三好長老の三好康長の養子になったとも言われています(養子になろうとしたが、本能寺の変で話が流れたという説が有力なようです)。

 羽柴秀吉の甥、秀次も三好康長の養子になっており(時期に諸説あります)、織田信長=三好康長=羽柴秀吉の間に、固い結束ができていたことがうかがわれます。

 四国問題を巡って、最近、新たな手紙が公表されましたが、土佐(高知)の長宗我部元親と阿波(徳島)の三好氏との対立に三好康長、羽柴秀吉(そして黒田官兵衛&仙石権兵衛)が深くかかわっていると思われます。
 四国問題により明智光秀が追い詰められ、本能寺の変に至ったということであれば、羽柴秀吉(と黒田官兵衛)は、本能寺の変に至る一因を作っておきながら、本能寺の変で最大の利益を得たことになります(^_^;)

 一方、戦国史上最強の謀略家、宇喜多直家を失った宇喜多家は、宇喜多家内外に多くの問題を抱えていました。幼い遺児宇喜多秀家を当主とする宇喜多家中は、羽柴秀吉を頼みの綱とし、秀吉の庇護の下に入ることになります。

 羽柴秀吉も、宇喜多家中の掌握に努め、宇喜多家を実効支配していくことになります(★)。備前・美作を実効支配した秀吉は、単独で毛利に匹敵する勢力に成長していました。

 ★羽柴秀吉と円融院(大河ドラマでは「お鮮」)は肉体関係がないという説も有力です。

番外編10 織田信忠と松姫①

戦え!官兵衛くん 番外編10 信忠の恋
 かつて、織田家と武田家は友好関係にあり、織田信長の嫡男信忠は、武田信玄の娘の松姫と婚約していました。しかし、室町幕府滅亡の直前、武田信玄が将軍足利義昭の誘いを受け、織田家と武田家は敵対することになります。
 このため、織田信忠と松姫との婚約は解消されてしまいました。

 松姫の事を諦められなかった織田信忠は松姫と手紙のやり取りを続けます。一度も会ったこともない松姫を愛してしまった織田信忠は、武田家と敵対しながらも、松姫の事を思い続けることになります。 
 天正10年(1582年)、武田家を滅亡させた織田信忠は、武田の残党狩りに従事しながら、松姫の居場所を探します。

 その頃、松姫は兄の高遠城主仁科盛信の娘、兄で武田当主の武田勝頼の娘、武田家を裏切った小山田信茂の娘等、幼い姫たちを連れて、北条領内に逃れていました。

 この話の続きは本能寺の変の後になります。

第271話 武田征伐③

戦え!官兵衛くん 第271話
 織田信忠率いる先発隊は、武田領を平定し、武田氏は本隊到着前に滅亡します。

 織田信忠は、武田の残党狩りに従事し、多くの武田家臣が逮捕・処刑されます。
 天正10年(1582年)4月3日、織田信長への敵対を続けていた六角次郎を匿っていた快川紹喜の恵林寺を焼き、僧侶多数を殺害します。 

 また、武田勝頼を裏切った小山田信茂一族は皆殺しとなります。

 旧武田領は、滝川一益に上野、森長可等に信濃、河尻秀隆に甲斐、徳川家康に駿河が与えられます。森蘭丸には美濃金山が与えられます。
 本能寺の変まで、あと2月となりましたが、本能寺の変により、名前の挙がった織田家臣・同盟者全員が悲惨な目にあいます...

長宗我部元親、信長に恭順示す 手紙発見、本能寺直前

戦え!官兵衛くん 長宗我部で新発見。
本能寺の変をめぐる新発見...

>戦国時代に土佐の武将だった長宗我部元親が四国の領土をめぐり織田信長の命令に従う意向を示した手紙が見つかり、所蔵する林原美術館(岡山市)と、共同研究する岡山県立博物館が23日発表した。

>信長は、四国を元親の自由にさせる方針から一部しか領有を認めないことに変更。手紙は明智光秀の家臣斎藤利三に宛てたもので、元親が従う姿勢だったことが確認されたのは初めて。

>手紙は1582年5月21日付で6月2日に起きた本能寺の変は、織田と長宗我部の仲介役の光秀が信長の方針転換に納得しなかったことが原因と考える説もあり、美術館は「本能寺の変に大きく影響した要因ではないか」と話す。(共同通信)
 元記事⇒長宗我部元親、信長に恭順示す 手紙発見、本能寺直前

 阿波の調略(⇒第265話)とか、武田征伐①(⇒第269話)で書いているところなんですが、アップした直後に新発見orz....
 
 もう、本能寺の変(第282話です)とか書いているので、修正せずに続けます(´Д`)
 新発見をベースにするなら、上の漫画のような流れになるのではないかと...

大河ドラマ「軍師官兵衛」 第25回 「栄華の極み」 視聴後の感想

 いよいよ本能寺の変も近づき、明智光秀周辺がクローズアップされてきます。
 おそらく史実に最も遠い明智光秀像の小朝光秀ですが、慣れてきたのか、これでも良いかもという気にされます。
 本能寺の変は朝廷陰謀説ぽい雰囲気です。
 明智光秀が四国担当を外されたことへの怨恨という説によれば、黒田官兵衛が本能寺の変の一因に関わってくるためか、天正9年(8年説あり)の淡路攻略は一切スルーです。

 官兵衛と光秀の対談のシーン(もちろん創作)ですが、史実に即してみると、(淡路侵攻天正9年説によれば)明智光秀は黒田官兵衛をぶち殺してやりたいと思うくらい恨みを感じても不思議ではないので、勧誘のシーンは興味深いです。

 光秀の娘役の女優さんは、小朝光秀の娘とは思えない程美人です。だし役の桐谷美玲さんとともに、「真田丸」でも登場してほしいです。
 若手俳優では、高山右近役の生田斗真さんが、上品な雰囲気を感じてGOOD!若手で一押し。

 陣内孝則さん演じる宇喜多直家は、今回で退場。学者・歴史ヲタクの間で「あんなの宇喜多直家じゃない」といった声も出ていたようですが、歴史に詳しくない人がイメージする宇喜多直家は、あの雰囲気ではないでしょうか。
 自分が宇喜多直家主演の大河ドラマを作るなら、宇喜多直家役は三浦友和さんが良いと思います(直家は表面はとても誠実そうな人だったはずで、陣内直家くらい胡散臭いと誰も騙されませんがな)。
 ただ、脇役でしかない宇喜多直家に割ける時間が少ないので、分かりやすさ重視の演出は(宇喜多直家については)評価します。

 羽柴秀吉が、宇喜多直家存命中にお鮮と関係していたとは到底考えられませんが(死後も関係したかどうかは不明)、胡散臭さを出す演出と割り切れば...
 病床の直家は、弱気モードになっていますが、リアル宇喜多直家は天正9年に伊賀久隆を暗殺していますので、あんなヨワヨワな態度ではないでしょう(^_^;)
 
 あと、宇喜多直家がお鮮の夫を殺して奪ったという大河の設定は、作り話どころかデタラメです。宇喜多直家さんが殺害したのは、お鮮の夫を殺害した人です!

 姫路に来た「おね」との浮気ネタはもうやめてほしいです。そもそも、羽柴秀吉は姫路に側室(南の局と姫路殿)を置いていますがな。
 
 物語は一気に天正10年に入ります。官兵衛の功績を素っ飛ばしたため、この漫画も大河ドラマに追いつかれそうですが(今回のラストが⇒第267話にあたります)、大河の方は次回以降、ホームドラマ全開になりますので、その隙に引き離します(#^^#)

 ただ、その後、大河は山崎の戦い以降の官兵衛の活躍を、触り程度で流すようですので、賤ヶ岳の戦いの辺りで追い抜かれる模様です(´Д`)

 軍師官兵衛は、今回から松寿丸から松坂桃李さん演じる黒田長政にチェンジします。軍師官兵衛では長政ダメキャラ設定のようですが、頑張ってほしいです。

第270話 武田征伐②

戦え!官兵衛くん 第270話
 武田信玄の五男で名将仁科盛信が守る高遠城は、織田軍の降伏勧告を拒否し、必死の抵抗を続けます。

 戦国最凶の男の一人で、森蘭丸の兄の森「鬼武蔵」長可は、高遠城攻めで大活躍。本隊が到着する前に攻撃するなとの命令を無視します。三の丸の建物の屋根を引きはがし、女子供を含めて建物の中の人間を撃ちまくり、皆殺しにします。
 その後、突出した森長可を討つべく、本丸の城兵が応戦してきますが、森長可は自ら槍を取り、城兵多数を討ち取ります。
 高遠城主仁科盛信は、奮戦の末、自刃。高遠城は落城します。

 高遠城等を除き組織的な抵抗は、ほとんどなく、武田家中の裏切り・逃亡が相次ぎます。
 武田勝頼は、新しく新府城を建設していましたが、逃亡者が相次いだため、新府防衛を諦めます。
 名将真田昌幸(再来年の大河「真田丸」の主人公の真田幸村の父)は、武田勝頼を居城で匿う旨を進言したとされますが、勝頼は重臣の小山田信茂の誘いで、小山田の下へ逃げることとします。

 しかし、小山田信茂は織田信長に内通し、勝頼一行の逃走を拒否します。行き場を失った勝頼一行は武田家とゆかりの深い天目山へ向かい、自決しようとします。
 途中で織田信長の重臣滝川一益の軍勢に追いつかれますが、武田家臣の土屋昌恒が崖の細道で奮戦し、追撃を食い止め、勝頼等が自害する時間を稼ぎます。

 天正10年(1582年)3月11日、滝川一益の軍勢に追われた武田勝頼等は天目山中で自害し、源氏の名門武田家は滅亡することになります。

 

大河ドラマ「軍師官兵衛」 第25回 「栄華の極み」 ネタバレ・感想 

 視聴率がV字回復してきた軍師官兵衛。役者さんの努力の賜物です!これで脚本が、もう少し面白ければ...
 それでは第25回のあらすじ。
(これ以降はネタバレを含みます)。

 天正9年に入り、官兵衛は姫路城を改築するための計画を練ります。実際に官兵衛が姫路城改築の図面を書いたというのは極めて疑問ですが(それまで妻鹿城の改築をした程度で、官兵衛には大規模な築城の経験がない)、姫路城改築に従事したのは間違いないでしょう(★)。
 
 官兵衛は中国攻めに当たって作戦を練りますが、なぜか明智光秀の助力を受けることになります。
 明智光秀は勤王の志篤く、関白九条兼孝(龍野の赤松政秀の娘「さこの方」を妻とした二条昭実の兄)を通じ、朝廷からのお褒めの言葉を賜り、感激します。

 朝廷と明智光秀との間の取次の公家、吉田兼和は、細川藤孝とともに明智光秀の居城を訪れ、朝廷が朝廷を軽視するかのような信長の態度に悩んでいることを伝えます。

 そこへ官兵衛が到着。細川藤孝(幽斎)、吉田兼和も交え、明智光秀と4人での会談となります。
 その中で、荒木村重・村次親子の話題も出ます。荒木村次は、本能寺の変の後、羽柴秀吉の家臣となり、賤ヶ岳の戦い等に従事しますが、再登場はしないようです。

 会談後、明智光秀が5万石で官兵衛をヘッドハンティングするも、断られます。吉田兼和も官兵衛の移籍を説得しますが、吉田兼和も断られます。その際に、吉田兼和は「古きものが心安らかに生きてける世が...」と意味深な発言をします。

 さらに信長のシーン等が入りますが、架空の会談とか信長のシーンよりも、第二次鳥取城の戦いをやった方がよいのでは...

 播磨に戻った官兵衛は、羽柴秀吉とともに岡山に行き、闘病中の宇喜多直家を見舞います。 
 直家闘病中に羽柴秀吉が岡山に行ったかどうかというのは不明。おそらく、秀吉は岡山に行っていないと思われます。
 したがって、直家公認で直家の妻(大河では「お鮮」)と羽柴秀吉が関係を持ったというのは俗説・作り話の類でしょう。

 新姫路城完成後、長浜のおね・松寿丸が姫路にやってきます。
 黒田家臣は姫路に伝わる田楽を踊り、歓迎します。浮気ネタが出たりと、ホームドラマ満載です。
 この時期、官兵衛は病身の宇喜多直家をサポートすべく備前の調略に従事していたはずですが、何故、そちらを描かないのかと...

 一方、安土では織田信長は帝に退位を迫ります。大河では朝廷絡みで勤王の士である明智光秀が本能寺の変を起こしたという路線でしょうか。

 物語は官兵衛の活躍を超スピードで省略し、天正10年に入ります。
 備中三原城では、悪の秘密結社毛利軍の作戦会議が開かれ、小早川隆景の前で、高松城主清水宗治は毛利への忠誠を誓います。
 黒田官兵衛を警戒する発言が出ますが、相変わらず官兵衛の活躍を描かず、周囲の発言(と周りの失敗)で官兵衛アゲをするのはいかがなものかと...

 松寿丸は、元服し、黒田長政となります。けなげで賢かった松寿丸は、大幅に劣化。失敗を繰り返し父官兵衛アゲに貢献していくことになります。

★ 高松城の水攻めでも、河川のプロの蜂須賀小六等以上の河川工事の技術を官兵衛が持っていたはずがありません。官兵衛は現場での経験の中で、羽柴勢の最新の土木技術・築城技術を習得していったものと思われます。
 現場で作業に従事しながら、最新の技術を自分の物にしていき、後に大坂城・広島城をはじめとする種々の築城工事に生かしていった点がすごいのであって、最初から官兵衛が最新の技術を身に着けていた訳ではありません。

第269話 武田征伐①

戦え!官兵衛くん 第269話
 武田軍は、天正2年(1574年)に徳川方の高天神城を奪取する等(第一次高天神城の戦い⇒第110話)、攻勢に出ていましたが、翌年の長篠の戦いでの敗戦(⇒第123話)以降、勢力が衰えていきます。
 天正9年(1581年)の第二次高天神城の戦いでは、武田軍は徳川方から奪った高天神城を徳川軍に包囲されますが、武田勝頼は援軍を出して高天神城を救援することができず、高天神城は陥落してしまいます。
 このため、武田勝頼は家中の求心力を急激に失っていくことになります。

 武田氏の配下の信濃(長野)の木曽義昌が、織田信長に内通してきたことから、織田信長は武田征伐を決意します。
 嫡男で武田打倒に燃える織田信忠が先発隊を率い、武田氏の本国甲斐(山梨)へ進軍します。

 一方、四国では黒田官兵衛達が阿波(徳島)の調略を中途で終えて撤退した後(⇒第265話)、土佐(高知)の長宗我部元親が勢いを増していました。
 四国に絡んだ登場人物はこちらをクリック。
  ⇒三好系図
  三好関係者 ⇒その1 ⇒その2
  ⇒長宗我部関係者

 織田信長は、天正10年(1582年)2月9日、配下の諸将に各地の攻略命令を指示します。
 羽柴秀吉に中国攻略を、三好氏長老の三好康長には四国攻略を命令し、信長自らは武田征伐に当たることとなります。これにより、長宗我部元親は、完全に織田信長の敵であり、討伐の対象となったことが宣言されました。

 織田信長は、明智光秀に武田征伐に従事するように指示します。重臣の斎藤利三の異父妹が長宗我部元親の夫人であった縁から親長宗我部派であった明智光秀は、長宗我部氏が切られた上で、四国担当を外されるという危うい立場に置かれることになります。
 逆に言うと、羽柴秀吉(&黒田官兵衛)~三好康長~十河存保・篠原自遁のラインが、明智光秀(&斎藤利三)~長宗我部元親のラインに勝利したということになります...

 その頃、武田領に侵攻した織田信忠率いる先発隊は、内通者・投降者が相次いだこともあり、予想以上の快進撃を続けていました。

第268話 土橋若太夫誅殺

戦え!官兵衛くん 第268話
 本願寺内部の穏健派と強硬派の対立は、雑賀衆内部の対立にも飛び火します。本願寺派の雑賀衆は、顕如を支持する穏健派(のちの西本願寺系)と教如を支持する強硬派(のちの東本願寺系)に分裂します(⇒第227話)。

 顕如支持派の雑賀孫一は、織田信長に接近し、信長の支持を受けて対立派の土橋若太夫を殺害します。

 雑賀衆内部の対立は激化し、過激派が顕如に危害を加えるとのうわさも流れたため、信長は土橋派を抑えるべく、織田信張率いる和泉衆・根来衆と野々村正成を派遣し、土橋派の追討と顕如の警護に当たらせます。

第267話 天正10年の幕開け

戦え!官兵衛くん 第267話
 いよいよ、運命の年、天正10年(1582年)が始まります。天正10年の6月に本能寺の変が勃発、信長、秀吉、官兵衛を初め、登場人物達の運命が一変します。

 恒例の安土城の正月参賀では、集まった群衆により石垣が崩落、多数の死傷者を出す惨事となります。今後の織田家の運命を予感させるような出来事から天正10年の幕が開けます...

 当主宇喜多直家が死去していた宇喜多家は、1月9日に直家の死去を公式発表します。羽柴秀吉の尽力で、1月21日に、直家遺児の宇喜多秀家が宇喜多家の家督を相続することが正式に認められます。
 懸案の家督相続の問題を解決させた羽柴秀吉は、軍勢を備前に進駐させ、毛利との対決に臨むことになります。

 一方、毛利家中では、毛利重臣の小早川隆景が三原(広島県)に備中の東部国境の七城の城主を集め、作戦会議を開きます。備中高松城城主の清水宗治をはじめとする境目七城の城主は、毛利への忠誠を誓い、織田との対決を決意します。

 次回の第268話は雑賀の騒動、次々回の第269話以降は武田征伐の話となり、第272話から備前・備中の攻略が始まります。

第266話 宇喜多直家死去

戦え!官兵衛くん 第266話
 天正9年(1581年)の何時かわからない時期に備前の宇喜多直家が死去します。宇喜多直家は死に臨んで、自分の死を秘匿するように命じていたため、何時死去したのか正確な日時はわかりませんが、天正9年の秋から冬にかけて頃と思われます。

 宇喜多直家が死去する前後から、宇喜多は毛利に押され、劣勢となっていました。交通の要衝、児島を巡る備前八浜合戦では、毛利元就の四男の穂井田元清率いる毛利軍に敗北し、重臣の宇喜多与太郎基家が戦死しています。
 戸川秀安の活躍で、宇喜多軍は何とか児島を奪還することができました。
 しかし、宇喜多直家の嫡男の秀家はまだ幼く、当主不在の中で毛利と対峙しなければならなくなります。

 12月22日、羽柴秀吉は戦況報告と宇喜多家の家督相続の件で、安土に上ります。秀吉の安土入りに際し、大量の金銀や小袖の他に杉原紙、明石鯛、明石蛸、野里鍋といった兵庫の物産が数多く献上されています。

 野里鍋の大量発注で、官兵衛の小寺時代の元同僚で友人の芥田五郎右衛門さん(⇒番外編06)も大儲けですね(#^^#)

第265話 阿波の調略

戦え!官兵衛くん 第265話
 天正9年(1581年)秋、黒田官兵衛孝高は仙石権兵衛秀久等と共に淡路島攻略に乗り出します。淡路攻略と並行して、官兵衛は阿波(徳島県)の三好方の諸将から人質を取り、織田方の地盤を固めていきます。

 もともとは織田方は親長宗我部路線だったにも関わらず、敵対する三好方を支援する官兵衛の行動に土佐(高知)の長宗我部元親は激怒します。
 長宗我部派の明智光秀のとりなしにも耳を貸さず、長宗我部元親の態度は硬化していきます。

 しかし、諸般の事情から官兵衛達は阿波進出を放棄し、撤退します...
 三好方は梯子を外される形になり、長宗我部の攻勢は激化。三好方の勢力は、勝瑞城(しょうずいじょう)等の一部の阿波の拠点と讃岐を残すだけになっていきます...

 翌天正10年(1582年)、ついに織田信長は長宗我部討伐を決意します!三男の織田信孝率いる大軍勢を四国に派遣しようとしますが、四国渡海の前日に織田信長は本能寺の変で倒れることになります...

第264話 鳥取城落城②

戦え!官兵衛くん 第264話
 天正9年(1581年)10月25日、鳥取城代、吉川経家は切腹し、飢餓に苦しんでいた鳥取城は開城します。
 翌日、吉川元春率いる毛利軍は、伯耆の南条元続を攻撃しますが、鳥取城を包囲していた秀吉軍が迎撃の動きを見せると、毛利軍はさっさと撤退してしまいます...

 羽柴秀長の部下の宮部継潤(みやべけいじゅん)が鳥取城主となり、出世のきっかけとなります。
 
 第二次鳥取城攻めには、家臣の森下・中村等に追放された元鳥取城主の山名禅高(豊国)も参陣していました。山名禅高の娘が、羽柴秀吉の側室(南の局)になっていた関係で、羽柴秀吉から家臣になるように勧められますが、山名禅高は断り、流浪の旅に出ることになります。
 山名禅高は、徳川家康の食客になったりした後、娘の縁を頼り、秀吉のお伽衆となります。

センゴク一統記 第8巻

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(あらすじ)
 本能寺の変の後、明智光秀に勝利した羽柴秀吉は清州会議に臨みます。
 一方、四国では織田信長の急死により勢力の衰えた旧織田方の三好勢に対し、土佐の長宗我部元親が大攻勢に出ます。
 秀吉の家臣で淡路洲本城主(仮)の主人公、仙石秀久は、三好勢を救援すべく、三好長老の三好康長(笑岩)に援助を求めますが、康長は高齢を理由に参陣を拒否。自分の天狗の面帽を仙石秀久に託します。
 仙石秀久は、黒田官兵衛と共に四国に乗り込みますが...

 この巻の最大の見どころは、清州会議での羽柴秀吉の駆け引き、特に織田信長の妹、お市の方の娘の「茶々(のちの淀君)」を羽柴秀吉は、養子の羽柴秀勝の妻にしようと望むところです。
 ドラマ等では、秀吉がお市の方と茶々を自分の物にしようとスケベ心全開で迫る場面が描かれがちですが(→特に「江」の秀吉像)、清州会議前後の緊迫した状況の中で、エロモード発動なんて、そりゃないだろ~という感じた気持ちが、すっきり解消します(#^^#)。

 個人的には、三好笑岩に会うというだけで怯える間島氏勝さんが、兵庫の武将ファンにはたまりません(^^)/

 他に黒田官兵衛が出てくる漫画でお勧めは
 コテコテの劇画系、悪人官兵衛路線なら巨匠平田弘史先生の「黒田三十六計」⇒アマゾンの紹介ページ
 絵が可愛い系、官兵衛善人路線なら若手の重野なおきさんの「軍師 黒田官兵衛伝」 ⇒アマゾンの紹介ページ
 があります。

 黒田三十六計は、絵が最高に上手いので、黒田官兵衛に興味がない人でも、まんが道(©藤子不二雄A)を歩む人なら一家に一冊常備すべき!特に4巻、5巻あたりは圧巻です!

第263話 鳥取城落城①

戦え!官兵衛くん 第263話
 天正9年に黒田官兵衛の淡路・四国攻略が行われたという説では、第二次鳥取城攻めと並行して行われたという事になります。
 淡路・四国の話が続いていましたが、久々に鳥取城に話を戻します。

 黒田官兵衛は、穴の多かった織田信長プロデュースの三木城攻めの作戦を見直し、鳥取城攻めでは、より完璧な包囲作戦を実行に移します。
 鳥取城への救援は、備前の宇喜多直家、伯耆の南条元続、織田方の水軍によって阻止されたため、鳥取城内では、早々と兵糧が尽き、死者の肉まで奪い合いになる飢餓地獄に陥ってしまいます。
 
 餓死者が相次ぐ中、鳥取城代吉川経家は自分の命と引き換えに城兵・避難民等の助命を図るべく、羽柴秀吉と開城交渉を行います。

 羽柴秀吉は、名将吉川経家の命を惜しみ、何とか吉川を助命しようとしますが、吉川経家はきっぱりと助命を拒否。
 元城主山名禅高(豊国)を追放したことから秀吉により直々の切腹の指示が出た森川道誉、中村春続等と共に切腹を志願します。

 ちなみに名門女性好きの羽柴秀吉は、山名禅高の娘の「あかね(南の局)」を、姫路の現地妻第一号側室(★)にしています(*´Д`)

★ 羽柴秀吉には姫路現地妻第二号もう一人の姫路在住の側室として姫路殿という女性がいましたが、非公式の愛人はカウントしていないので、何人の女性を置いていたのかは不明です。

大河ドラマ軍師官兵衛 第24回 帰ってきた軍師 ネタバレ

 戦え!官兵衛くん 番外編09 小寺家は三度滅ぶ!

 意味もなく小寺政職さんを応援する漫画を張り付けてしまいましたが、大河ドラマ「軍師官兵衛」第24回の「帰ってきた軍師」は、かなりの問題作(-_-;)
 摂津有岡城の落城により、播磨の反織田勢力は、三木城の別所、御着城の小寺を残すばかりとなったとありますが、西播磨の宇野祐清、本願寺勢力の英賀がまだ頑張っていますがな!
 それ以前に、荒木村重はまだまだ頑張っていますがな!
 
 三木城包囲の陣中に戻ってきた官兵衛は、別所長治等と交渉し、三木城開城を迫ります。
 実際に官兵衛は三木城開城交渉なんかやっていません。恒例のねつ造です(´Д`)
  
 官兵衛の献策により、別所長治等に切腹させる代わりに城兵の命を許す条件で開城を迫ります。籠城戦の最後に手柄を持っていく官兵衛、厚かましいです(言うまでもなく作り話です)。
 天正8年(1580年)1月17日、三木城は開城します。

 一方、御着城では小寺政職がヘタレ街道一直線。戦わずして逃亡してしまいます。が、韓国だったら遺族から訴えられるレベルの作り話です。
 小寺政職さんは、何度も織田勢と戦っています!小寺政職さんを応援する御着町民がんばれ!
 小寺政職さんは、出雲の梟雄、尼子経久・晴久とも戦っているんです!あの赤鼻の小寺政職さんが、緒方拳演じる尼子経久と戦う姿なんか想像できません!!

 中央では、本願寺と織田との和睦が成立。本願寺はすんなりと出ていくみたいですが、嘘です。
 ここは、日本史の入試に出てもおかしくないところですので、受験生は鵜呑みにしないでください。
 本願寺と織田との和睦を巡って、本願寺内部で強硬派と穏健派が対立し、後の東西本願寺分裂のきっかけとなります。

 英賀・宇野氏を倒し、播磨を平定した後、短期間で秀吉は但馬北部、因幡に侵攻、一気に支配領域を拡大します。織田の一武将というより、数ヶ国の太守といった存在にまでのし上がります。おそらく、羽柴秀吉はこの時点で武田氏に匹敵する勢力となっていたと思われます。
 もちろん、秀吉の電撃的成果に、帰ってきた軍師、黒田官兵衛が貢献していることは間違いないのですが、播磨平定の最終局面から但馬・因幡平定までは、一切触れられてません(^_^;)

 織田信長の筆頭重臣の佐久間信盛が追放され、その後釜として明智光秀が抜擢されます。羽柴秀吉は明智がうらやましいと羨望のまなざしで見ますが...どう考えても、秀吉の方が大勢力だよ! 

 この後、羽柴秀吉は、宇喜多直家が死んだ後の宇喜多家を実効支配しますので、単独で毛利氏と匹敵しうる大勢力に成長します。生野銀山も支配しているし。

 ラストで大名に出世した黒田官兵衛は、有岡城幽閉中に感動した藤の花をモチーフに家紋を制定しますが、これも作り話です(*´Д`)
 そもそも、藤巴は小寺家の家紋ですので、小寺家から賜った家紋だと思われます...
 藤は小寺「藤」兵衛政職さんのパーソナルカラーですしね...

 歴史的事実に合致しているかどうかはドラマの出来とは関係がないのですが、事実と異なる内容で、まるまる一話を作ってしまったのがすごいですね。
 歴史考証担当の小○田先生、ちゃんと仕事しています????
 

第262話 淡路上陸

戦え!官兵衛くん 第262話
 常春の国、淡路島では、明石海峡を望む重要拠点の岩屋城を奪取した菅達長(かんみちなが)が反織田勢力として頑張っていました(⇒第145話第150話)。

 また、洲本城主の安宅清康も織田方から毛利方に寝返っていました。ちなみに安宅清康は、三好氏の出身で、安宅信康の弟、十河存保・三好長治・三好義継達とはいとこの関係になります(⇒三好家系図)。
 父親の安宅冬康が、三好長慶に無実の罪で殺されてしまったため、安宅信康・清康兄弟は三好一族に反感を持っていたようです。三好三人衆達が織田信長と戦っていた頃は、早々と織田信長の傘下に付きますが、三好氏が織田信長の傘下に入ると、毛利氏に鞍替えし、菅達長達と共に織田信長への反抗姿勢を見せます。
 
 中国攻めに際し、羽柴秀吉は後背の淡路の平定を決意し、黒田官兵衛、仙石秀久、明石則実(大河ドラマ「軍師官兵衛」では、ほとんど出てきませんが、官兵衛の母方のいとこ)、間島氏勝等を淡路に派遣します。
 
 官兵衛達、織田軍淡路攻略部隊の上陸により、菅達長は逃走してしまいます。
 さらに安宅清康を降伏させた織田軍は、鳥取城攻めを終えた羽柴秀吉、池田元吉等と共に淡路を平定します。

 なお、黒田官兵衛が安宅清康(河内守です)を謀殺したとされ、安宅河内なる人物を切ったとされる刀(名物安宅切)が残されていますが、その後も安宅清康が生存していたという記録が残されていますので、何が本当なのでしょうか?
 もしかすると、安宅氏の重臣か誰かを切ったのを過大報告しているのかも(^_^;)

第261話 秀次の養子入り

戦え!官兵衛くん 第261話
 織田信長の重臣で三好長老の三好康長の嫡男の三好康俊は、非常に危険な男でした。
 三好康俊は、四国に残って土佐の長宗我部元親に対抗していましたが、長宗我部の勢力が強くなると、三好重臣を殺害し、その首を手土産に長宗我部の傘下に鞍替えしてしまいます。

 長宗我部の軍門に下った三好康俊に家督を継がせることなどできるはずもなく、三好康長は、羽柴秀吉の甥の秀次を養子に迎えます。
 
 一方、官兵衛の前の主君の御着城主小寺政職が幼少の頃、小寺家は戦国史上最大の一発屋、浦上村宗に播磨を追われ、阿波の三好氏の庇護の下に入っていました(⇒第183話)。後に小寺家は播磨に復帰することなるのですが、小寺家と三好氏との間には深いつながりができることになります。
 
 小寺・赤松本家・浦上宗景連合軍が龍野の赤松政秀・別所・織田信長・足利義昭・摂津衆・宇喜多直家連合軍と戦った際の青山の戦い(⇒第25話)の際も、三好重臣の名将、篠原長房(篠原自遁の兄)が小寺政職に援助の申し出をするなど、一時は反織田信長の立場で、小寺家と三好氏が共闘体制を組んでいたこともありました。

 黒田官兵衛は、小寺時代に培った三好氏とのパイプを十分に活用して、淡路・四国攻略に当たることになります。

(突っ込み)
 大河ドラマ「軍師官兵衛」では、片岡鶴太郎さん演じる小寺政職は「播磨から外に出たことがない」凡庸な地方領主として描かれていますが、実際には何度も播磨から出ていますがな!小寺政職は、幼少の頃は播磨を追われ、その後、大物崩れという歴史的大事件に遭遇し、青年期から壮年期にかけては出雲の尼子経久・晴久の侵攻を受け、尼子に屈服させられるなど、苦難の連続の人生です...

 【重要】
 秀次が三好に養子に入った時期については、争いがあり、近年、谷口克広氏等から本能寺の変の後だという有力な説が提唱されています。通説である天正9年説(と有力説の天正8年説)によれば、黒田官兵衛の淡路攻略は、本能寺の変に重大な影響を与えた可能性があるため、学会でもホットな議論がされているところです。漫画を描いている方には難儀な話なのですが(^_^;)
 個人的には、
・淡路攻略は天正8年の出来事
・秀次が三好に養子に入ったのは本能寺の変の前
・織田信孝が三好康長に養子に入るという話はとん挫した
 のではないかと思います。
 個人的な見解は、漫画の話とは少し違います(#^^#)

第260話 三好派VS長宗我部派

戦え!官兵衛くん 第260話
 四国政策を巡って、織田家中で三好康長達、三好氏を支持する一派と、明智光秀達、長宗我部氏を支持する一派に分かれ、対立します。
 稲葉一鉄がちゃぶ台をひっくり返していますが、一鉄は娘婿の斎藤利三の移籍の件に絡んだ単なる光秀嫌いです。
 ※肖像画によれば、稲葉一鉄は星一徹によく似た顔をしています。

 その頃、羽柴秀吉は中国方面への進出を考えていました。
 しかし、瀬戸内海(特に西部)の制海権は毛利水軍に握られたままで、淡路島は反織田勢力が跋扈していました。
 後背を突かれるのを恐れた秀吉は、天正9年(1581年)秋、尼子経家が守る鳥取城を包囲していた黒田官兵衛、仙石秀久達に淡路島の攻略を命令します!

 とか、書きましたが、以下の点にご注意ください(^_^;)
【重要①】
 官兵衛の淡路派遣は天正9年(1581年)9月頃というのが通説ですが、近年、年代が違うという非常に有力な説が提唱されています。天正8年(あるいは本能寺の変の後)に派遣されたという説も有力です。
 天正9年説では、官兵衛の淡路派遣は、翌天正10年の本能寺の変の一因となった可能性が高く、日本の歴史に非常に大きな影響を与えることになりますが、この後の話は、年代がずれている・全く違う話になっている可能性があることをご了承下さい。

【重要②】
 この漫画では、黒田官兵衛は命令される形で淡路攻略を行ったように書いていますが、実際に受動的な立場で参加したのかどうかはわかりません。黒田官兵衛が積極的に淡路・四国攻略を進めていったのかもしれません。
 もし、官兵衛が積極的に提案していったのであれば、(天正9年説の場合)官兵衛くんは、結構、悪人です(#^^#)

 
 

第259話 斎藤利三の移籍

戦え!官兵衛くん 第259話
 長宗我部元親夫人の異父兄、斎藤利三は、もともとは織田信長の家臣の稲葉一鉄の娘婿で、一鉄の家臣でした。
 しかし、斎藤利三は稲葉一鉄と折り合いが悪く、一鉄の下を出奔し、明智光秀の下に移ります。
 ちなみに稲葉一鉄は頑固者として有名で、頑固一徹の語源となったとも言われています。

 織田信長のお気に入りの稲葉一鉄は、信長に頼み、斎藤利三の返還を求めますが、明智光秀は拒否します。光秀の男気に感激した斎藤利三は、光秀の家臣として活躍することになります。

 一方、明智光秀も斎藤利三の縁で長宗我部元親の取次として、対四国政策に活躍することになります。

第258話 信長の決断

戦え!官兵衛くん 第258話
 織田信長重臣の三好長老、三好康長の工作もあり、織田信長は四国政策を変更します。
 三好三人衆と対決していた時代は、親長宗我部路線を取っていましたが、次第に親三好政策に切り替えていきます。ちなみに長宗我部元親の嫡男、信親の「信」の字は、織田信長からもらったものです。

 かつて織田信長は、長宗我部元親に四国を自由にして良いという四国切取り次第の約束をしていましたが、約束を反故にし、三好との抗争を止め、三好領を返還するように命じます。

 織田信長の路線変更に長宗我部元親は激怒しますが、織田家中にも反感を抱く者がいました。長宗我部元親夫人の異父兄、斎藤利三でした。

 キャラが増えてきましたので、登場人物紹介。
 ⇒三好関係者その1 ⇒三好関係者その2
 ⇒長宗我部関係者

第257話 長宗我部の阿波制圧

戦え!官兵衛くん 第257話
 阿波(徳島県)三好家当主三好長治の弟の十河存保と三好家重臣篠原自遁の抗争の末、十河存保が勝利し、十河存保が阿波三好氏の実権を握ります。
 三好家中のグダグダな状況の中、土佐の長宗我部元親は勢力を拡大し、阿波を席巻していきます。

 三好氏が劣勢となっている中、中央で三好長老の三好康長が活躍します。三好康長は三好三人衆と共に織田信長に反抗していましたが、第二次高屋城の戦いで織田信長に降伏します(⇒第122話)。
 その後は、織田信長の重臣として抜擢され、本願寺との和睦に活躍したり(⇒第135話)、本願寺との天王寺の合戦で逃亡したり(⇒第140話★)します。

 織田信長の宿敵から、織田信長のお気に入りの重臣にトラバーユしていた三好康長は、劣勢の三好氏を助けるため、織田信長への働きかけを強めます。

 ★ 天王寺の合戦で三好康長と根来衆が逃亡したため、戦線が崩壊し、原田直政が戦死します。原田の一族は追放処分になりますが、三好康長はその後も重用され続けます。織田信長さんの賞罰の基準は、結構、適当のような気が(´Д`)
プロフィール

kurokanproject

Author:kurokanproject
NHK大河ドラマ軍師官兵衛の主人公黒田官兵衛を紹介するマンガを描いています。
織田信長や羽柴秀吉といった歴史上の大人物、黒田官兵衛、小寺政職、赤松政秀、別所重宗といった播磨の武将達や、浦上宗景、宇喜多直家、荒木村重、松永弾正といった一癖も二癖もある連中が活躍します。

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