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第217話 羽柴秀吉の凱旋

戦え!官兵衛くん 第217話
 三木城落城後、三木城に入った秀吉は、逃亡した領民の帰還を促したり、三木に制札を出したり、別所長治の遺体を領民に下げ渡したりするなどの戦後処理を行った後、休養を兼ねて本国の近江長浜に帰還します。
 織田信長からの激賞を受けた秀吉は、凱旋の後、再び播磨に戻り、播磨制圧の総仕上げを行います!
 有岡城の幽閉から解放された官兵衛も本格的に復帰します!

 播磨最終決戦の前に、次回は本願寺編になります。

(突っ込み)
 大河ドラマ「軍師官兵衛」では、官兵衛が別所氏との和睦を進言したことになっていますが、恒例の作り話です。官兵衛幽閉中から和睦交渉は続けられていましたので、ありえない話です...
 このため、叔父の休夢が和睦に尽力したことはなかったことになるようです...休夢の和睦交渉自体は上手くいかなかったものの、最終的な和睦への地固めに貢献したと思うのですが...
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登場人物紹介 播磨最終決戦編 その3

戦え!官兵衛くん 登場人物紹介(播磨)その3
 二年にわたる三木合戦(三木城の戦い)は、城主別所長治の切腹・開城により終結します。
 その後、英賀城の戦い、長水城の戦い等の播磨の制圧を経て、戦線は播磨を超えて数ヶ国に一気に拡大。わずかな期間で秀吉は広大な領土を手に入れ、織田信長配下の武将としてはとびぬけた勢力となります。この時点で秀吉配下の勢力だけで、武田氏を超え、毛利氏に匹敵しかけているような...
 なぜか大河ドラマ「軍師官兵衛」では、ほとんど触れられませんが(-_-;)

 今回は長水城の戦いに関連する人物の紹介です。
宇野政頼
 宇野氏の前当主、宇野政頼は、三木城落城後も織田信長に対して反抗を続けます。
 名門宇野氏は、恒屋(つねや★)氏、林田の本郷氏、美作の新免氏等に政頼の息子等を養子に出し、勢力を広げます。

宇野祐清(すけきよ)
 宇野政頼の次男祐清は、毛利派で、宇野氏の当主となります。

宇野満景
 長男の満景は、織田派で、織田方につくことを主張しますが...

恒屋正友
 恒屋氏に養子に出た正友は、恒屋城(姫路市)落城後は長水城に移り、実父宇野政頼を助け、織田方に反抗します。
 恒屋正友は馬術と逃走の達人で、近隣の姫路城主、黒田官兵衛の友人でもあります。

新免宗貫
 美作の新免氏に養子に出た宗貫は、宇喜多直家の配下として、織田方で毛利軍と戦っています。兄弟で敵・味方に分かれることになりましたが...

安積将監
 安積将監は宇野氏の旧臣で、満景の守役だったともいわれています。現在は、赤松本家の赤松則房の配下として、織田方について闘っています。

 ★ 山名四天王の恒屋氏は「かきや」と呼ばれていますが、播磨の恒屋氏は地元では「つねや」と呼んでいます。

第216話 三木城開城②

戦え!官兵衛くん 第216話
 和睦交渉の末、三木城主別所長治、弟の別所友之、叔父の別所賀相等が切腹し、城兵の命は助かることとなりました(★)。
 秀吉からの酒肴で最後の宴が催された後、天正8年(1580年)1月17日、別所長治と家族が切腹します。
 別所長治の辞世の句は、「今はただ 恨みもあらじ 諸人の 命に代はる 我が身と思へば」と伝えられています。  
 叔父で反織田の中心人物であった別所賀相は、屋敷に火をかけようとしますが、城兵に取り押され、首をはねられたとされます。
 賀相の妻は、子供たちを刺殺した後、自害します。
 賀相の妻は、織田信長の妹婿で名門の畠山昭高の娘ですので、別所賀相とは身分の釣り合いがとれていないとも思えます。織田信長の仲介で政略結婚したのではないかとの感もあります。織田信長も、早くから織田方であった別所氏に目をかけていたのかもしれません。

 ここに、二年に及んだ三木合戦は、ようやく終結します。

★ 近年では、三木城開城の際に、籠城した城兵・領民の一部が虐殺されたという見解も有力です。

第215話 三木城開城①

戦え!官兵衛くん 第215話
 三木合戦(三木城の戦い)中、羽柴秀吉は、黒田官兵衛の叔父の小寺休夢に三木城の別所長治との和睦交渉をさせますが、失敗に終わります。
 同時に大村の戦いの勝利の後、織田軍は三木城包囲線を狭め、圧力をかけていきます。
 天正8年(1580年)1月、織田軍は三木城の砦を攻撃しますが、兵糧が尽きた城兵には防戦する気力・体力も失われていました。

 周囲の砦が相次いで陥落する中、別所長治は降伏を決意します。秀吉は、別所長治の叔父の別所重棟、腹心の浅野長政を和睦の交渉につかせます。

大河ドラマ軍師官兵衛 第17話「見捨てられた城」 あらすじ・感想

 少しだけ面白くなり、視聴率も上昇気流に乗りかけている軍師官兵衛!本当に序盤のつまらなさが残念です...
 さて、毛利の大軍が尼子遺臣が籠る上月城を包囲、織田信長は上月城救援の放棄を命令したところで前回は終わりでしたが...

 今週は、信長が上月城を放棄するよう羽柴秀吉に命令したところからスタートです。
 羽柴秀吉は上月城救援部隊の本陣、高倉山に戻り、上月城救援の放棄を伝えますが、官兵衛は上月城を助けようと食い下がります。大河ドラマ「秀吉」では、伊武雅刀官兵衛が「上月城みたいな小城は放棄しろ!」と言っていたような気がしますが、軍師官兵衛では、岡田准一君官兵衛は甘ちゃんという設定なので、官兵衛が救援を主張します。
 相変わらず、大声でわめく官兵衛。うるさいのでやめてほしいです。
 織田は、尼子を使うだけ使って尼子を見捨てるのか等とわめきますが、織田信長がそういう人だと今まで把握していなかったのでしょうか。大丈夫か、官兵衛。

 なぜか、官兵衛は亀井「琉球守」新十郎と共に上月城に潜入。もちろん官兵衛が潜入したというのは、軍師官兵衛お得意の作り話です。
 尼子勝久、山中鹿介主従は逃亡を拒否。秀吉軍が撤退していった後、尼子勝久が切腹し、上月城は開城となります。尼子遺臣の最後は、別所哲也さんの名演技が光り、見ごたえがあります。山中鹿介の「また毛利にだまされた」という叫びには、尼子が言うな!と小一時間... そもそも、尼子遺臣が毛利に追われたのも、解放軍のはずなのに旧尼子領で略奪して地侍・領民の反発を受けたりしたためですが、その辺はスルーです。 

 秀吉軍が帰還した書写山の本陣では、半兵衛と官兵衛が会話。上月城の件をくどくどと語る官兵衛に半兵衛が一喝。5月に半兵衛は、戦況報告のため安土の信長の下を訪れておりますので、播磨攻略の一連の作戦立案に半兵衛が関わっているぽいのです。半兵衛は、心の中で「上様に上月城を放棄するよう進言したのは俺だ。」等と思っていたりするのでしょうか...

 一方、織田軍は神吉城を包囲します。信長は「三木城を包囲せよ!」と言っていたのに、三木城はどうなったとか、なぜ三木城じゃなくて神吉城を包囲するのかと思われるかもしれませんが、細かいことは気にしないように。
 神吉城を攻める荒木村重は、旧知の神吉藤太夫を助命、神吉藤太夫は志方城に入ります。荒木村重は「神吉城を皆殺しにしろ」という信長の命令に背いたとして糾弾され、立場が悪くなってしまいます。
 神吉藤太夫は、荒木村重の謀反のきっかけの一つとなり、義兄の櫛橋左京進の籠る志方城を開城させるなど、影のキーパーソン的な人物ですが、登場するのは名前だけで配役は無しという意外な演出でした。予算が少なくなったのでしょうか(*´Д`)

 毛利本陣では、後方が怪しくなってきたため、撤退を検討。実際に竹中半兵衛が上月城の西の備前八幡山城を調略し、毛利軍の後方を脅かしています。あれ?官兵衛じゃないの?
 「病気」が治った(数年後に大腸ガンで死去するはずですが...)宇喜多直家は、吉川元春、小早川隆景の面前で啖呵を切ります。個人的には陣内孝則主演で宇喜多直家主人公のドラマの方が見たいです。これにより、毛利軍は本国へ撤退していきます。

 毛利軍の来援が無くなった志方城では、櫛橋左京進クンが切腹、開城します。櫛橋左京進クンが「意地を貫け!」と言った後、いきなり切腹してしまいますが、城主左京進クンの切腹と引き換えに城兵・家族の命が救われたということでしょう。
 櫛橋氏が、小寺の家臣というトンデモ設定のため、櫛橋左京進クンは、小寺政職がまだ織田方についている時に、織田に造反し、小寺政職が謀反を起こす前に敗死するという、よくわからない行動をとってしまったことになります。

 有岡・御着城では後の謀反につながる不穏な状況が描かれ、次回に続きます。
 今回はホームドラマ部分が少なかったので、面白かったです!次回も期待。次回予告の田中哲司さんの空笑が最高です!
 
 (追記)ご指摘いただき、誤記を訂正しました。

第214話 第二次御着城の戦い

戦え!官兵衛くん 第214話
 次第に反織田派の敗色が濃厚になる中、官兵衛の前の主君、小寺政職が守る御着城からも離脱者が相次ぐようになります。
 三木城を包囲する羽柴秀吉は、天正7年(1579年)12月、御着城を攻撃します(姫路城史によると、官兵衛が有馬温泉で療養中の時期とされています)。
 
 戦いは、御着勢が秀吉の本陣に迫り、秀吉の馬印に御着方の矢が突き刺さるなど、健闘する場面もあった(とされている)のですが、織田の大軍勢の前に屈し、開城を余儀なくされます。
 小寺政職は、残る反織田派の拠点、英賀へと逃亡します。

 次回、ついに三木城も開城します。

登場人物紹介 播磨最終決戦編 その2

戦え!官兵衛くん 登場人物紹介(播磨)その2
 天正8年閏3月7日、織田信長と本願寺との和睦が成立しますが、和睦成立後も複雑な経過をたどることになります。

(森家の人々)
妙向尼       織田信長の家臣の森可成の妻。森長可、蘭丸兄弟の母。
          夫は比叡山と一向一揆との戦闘で戦死(⇒第43話)。
          敬虔な本願寺門徒として織田信長と本願寺との和睦に尽力する。
          和睦に際して、末子(後の森忠政)を出家させ、本願寺の僧侶とする(★)。

森可成(よしなり) 森長可、蘭丸兄弟の父。妙向尼の夫。志賀の陣で戦死。

森長可(ながよし) 森長可の次男。織田信長の家臣。通称「鬼武蔵」。戦国最凶の男の一人。
          邪魔する者は敵・味方を問わず皆殺しにする。
          一向一揆との戦いで、本願寺門徒多数を虐殺。

森蘭丸(乱丸)   森長可の三男。織田信長の寵臣兼愛人。
          織田信長と本願寺との和睦に尽力。本願寺門徒。

★ 後に三男蘭丸、四男坊丸、五男力丸、次男長可が相次いで戦死してしまうため、末子の森忠政が森家を継ぐことになります(くわしくは⇒番外編02)。

登場人物紹介 播磨最終決戦編 その1

戦え!官兵衛くん 登場人物紹介(播磨最終)1
 いよいよ、天正7年暮~8年正月にかけて、御着城、三木城が落城。織田軍による播磨制圧も最終局面を迎えることになります。
 三木落城後の播磨の情勢は、大河ドラマではあまり触れられませんし、史実と全く違う話になるようですが(*´Д`)、新キャラも登場してきますので、人物の紹介の第一弾を。

(英賀関係者)
 小寺政職 元御着城主。御着落城後は英賀に逃亡します。
 三木通秋 英賀城の城主。残る播磨の拠点英賀城に籠り、信長への反抗を続けます。

(本願寺関係者)
 顕如 本願寺十一世。織田信長と和議を結び、石山本願寺から退去します。
 教如 本願寺強硬派で顕如の長男。本願寺との和睦成立後も織田信長に対する敵対姿勢を続けます。

第213話 荒木一族処刑

戦え!官兵衛くん 第213話
 尼崎城に籠る荒木村重を説得するため、荒木久左衛門は尼崎城に入りますが、荒木村重は開城を拒否します。
 説得に失敗した荒木久左衛門は、処罰を恐れ、人質を有岡城に残したまま、逃亡してしまいます。

 織田信長は荒木久左衛門失踪を受け、有岡城の人質の処刑を命令します。有岡城内では、荒木久左衛門の卑怯な行動に憤慨して、自殺する者もあらわれました...
 天正7年(1579年)12月13日、尼崎城に籠る荒木村重達の目の前で、人質600人が処刑されます。
 12月16日には、荒木村重夫人の「だし」達、荒木一門36人が京都六条河原で処刑されます...

第212話 黒田官兵衛誕生

戦え!官兵衛くん 第212話
 1年に及ぶ有岡城の幽閉から解放された官兵衛は、有馬温泉で療養を行います。
 有馬地方は、旧播磨・備前・美作守護の赤松家の分家の名門有馬氏の領地でした。後年、有馬氏の有馬則頼(三木城包囲に参加中)の子孫が、中央競馬会の理事長となったため、競馬の大レースに「有馬記念」の名前が付けられました。

 織田信長の人質となっていた松寿丸(黒田長政)は、官兵衛が謀反に同調したと誤解した織田信長に殺害を命令されますが、竹中半兵衛の機転で命を助けられたと伝えられています(ちょっと嘘くさい...)。
 竹中半兵衛の居城の美濃菩提山城は、関ヶ原の合戦とウォーランドで有名な関ヶ原とは目と鼻の先であり、黒田長政が関ヶ原近辺の土地勘に精通していたことは、少しだけ日本の歴史に影響を及ぼすことになります。

 官兵衛は、御着城で反抗を続ける旧主君小寺政職との関係を断つべく、姓を「黒田」に改めます。

(突っ込み)
 官兵衛は有岡城幽閉中に見た藤の花に感動して家紋を藤巴に変えたとされますが、小寺氏の家紋も藤巴ですし、廃城になった国府山城跡から藤巴の紋が入った瓦が出土していますので、おそらく作り話です。そもそも小寺氏当主は代々「藤」兵衛を名乗っていますし...
 ちなみに、赤松系の武将は赤松本家が左三つ巴の紋を使っている関係から、巴紋を使用することが多く、有馬氏、龍野赤松氏、櫛橋氏等は左三つ巴、別所家は右三つ巴です。

第211話 有岡城降伏②

戦え!官兵衛くん 第211話
 織田信長から尼崎・花隈城の明渡を荒木村重に説得すれば、有岡城の人質は助命するとの約定を取り付けた荒木久左衛門は、荒木村重が籠る尼崎城に入り、主君の荒木村重の説得を試みます。
 しかし、荒木村重の拒絶により説得は失敗してしまいます。

 織田信長からの処罰を恐れた荒木久左衛門は、久左衛門自身の家族も含めて、荒木一門・家臣やその家族達が人質に取られているにも関わらず、そのまま失踪してしまいます...

第210話 有岡城降伏①

戦え!官兵衛くん 第210話
 天正7年(1579年)11月19日、本丸を残し織田軍に包囲された有岡城は、ついに降伏します。
 有岡城に幽閉されていた黒田官兵衛も約1年ぶりに救出されます。

 降伏に先立ち、荒木村重の重臣、荒木久左衛門、荒木夫人「だし」達は、織田信長と交渉し、尼崎城・花隈城の開城と引き換えに、有岡城の捕虜の助命の約束を取り付けます。

 荒木久左衛門は、尼崎城に籠城する荒木村重を説得するために尼崎城に乗り込みます...

第209話 宇喜多直家の帰順

戦え!官兵衛くん 第209話
 備前の宇喜多直家は、羽柴秀吉を通じて織田信長に帰順を願い出ていましたが、信長は帰順を許しませんでした。しかし、天正7年(1579年)10月、ようやく織田信長は宇喜多直家の帰順を許し、宇喜多直家は織田信長の傘下となります。
 同じ頃、北の伯耆では南条元続が織田信長の傘下に入った為、対毛利の最前線は一気に西に大きく移動することになります。

 このため、立て直しを図るべく、毛利は本国の態勢の引き締めを図ります。本国との連絡を絶たれるのを怖れた毛利の派遣軍は順に本国に撤退していき、本願寺・別所・荒木・小寺は毛利の応援を絶たれ、孤軍となってしまいます...

第208話 伊丹有岡城の調略

戦え!官兵衛くん 第208話
 天正7年(1579年)10月15日、織田信長の重臣の滝川一益は、荒木村重出奔(⇒第203話)により動揺した荒木勢を調略し、伊丹有岡城の支城を開城させます。
 支城を守っていた荒木勢は逃亡し、有岡城に逃げ込みますが、その混乱に乗じて、織田軍は有岡城に攻め込み、有岡城の外郭の占拠に成功します。
 有岡城は本丸を残すのみとなり(黒田官兵衛は有岡城の本丸に幽閉されていました)、落城を待つばかりとなります。城主村重のいない有岡城では城主夫人の「だし」や荒木村重の重臣たちは、織田軍と和睦交渉を始めます...

大河ドラマ軍師官兵衛 第16話「上月城の守り」 あらすじ・感想

 軍師官兵衛も第2次上月城の戦いに突入、佳境に入ってきました。今週も結構面白いです!

 それでは、あらすじ。
 織田軍が別所方との対決を始める中、毛利軍は5万の大軍で播磨西部の上月城を包囲します。
 なぜか黒田官兵衛が毛利・雑賀水軍の奇襲を防ぎ大活躍した阿閉城の戦い、播磨の諸城攻略の第一歩となった野口城の戦い等は触れられていません。
 もっとも、ドラマ内では上月城で官兵衛が山中鹿介等尼子遺臣達と毛利軍と戦ったりしますので、官兵衛の見せ場はバッチリですが、全部作り話です(*´▽`*)
 毛利と対決すべく織田信長も播磨へ軍勢を派遣します。織田軍は上月城を支援せず、三木城包囲に回ります。
 実際には織田信忠達は三木城ではなく、神吉城とか櫛橋左京進が守る志方城を包囲しているのですが、「三木城及びその支城群」を指して「三木城」と呼んでいるのだと広い範囲で考えていることにしましょう。
 秀吉の配下となった荒木村重は、ひねくれたような態度を取りますが、荒木村重が秀吉の配下になったというのも作り話です。
 
 一方、志方城では、光と櫛橋左京進が話し合いをします。織田信雄の大軍勢が織田軍最重点攻略目標の志方城を包囲しているはずですが、光は、どうやって城内に入ったのでしょうか?幼いころから志方城で育ったため、秘密の抜け穴か何かを知っていたのかもしれません。
 光は兄の櫛橋左京進に織田に帰順するよう説得しますが、左京進は聞き入れません。この後、志方城は神吉城の神吉藤太夫に説得されて開城するのですが、左京進クンは、妹の光の説得より、他人の神吉藤太夫の言うことを信じたんだね!
 
 毛利の大軍に包囲された上月城では、兵糧が尽き、落城も間近と言った様相になっていました。山中鹿介は,「官兵衛が援軍を連れてきます!」と尼子勝久を慰めますが、なんで新参の官兵衛が織田の援軍を連れてくるような権限があるんだろうかと...
 
 落城寸前の上月城救援を嘆願すべく、羽柴秀吉は安土城の信長と面会しますが、信長から上月城を見捨てるよう命じられます。
 次回、秀吉は信長から但馬への左遷を命じられ、竹中半兵衛と避暑に行きます!いよいよ上月城の状況が悪化していきます!

(突っ込み)
 冒頭の地図を使って各城の位置関係を番組内で説明しないと、神吉とか志方とか言っても、地元民以外にはわかりませんがな(^^;)

天正6年(1578年) 冬の勢力図

戦え!官兵衛くん 天正6年冬勢力関係図
 摂津の国伊丹有岡城の荒木村重・御着城の小寺政職の相次ぐ謀反により、播磨の織田軍は畿内の勢力と分断されてしまいます。黒田官兵衛は有岡城に荒木村重の説得に赴きますが、荒木によって幽閉されてしまいます。
 しかし、織田水軍の6隻の鉄甲船が毛利水軍を破り、大阪湾東側沿岸の制海権(本願寺周辺のごく一部の海域です(^^;))は織田方に取り戻されます。

 また、荒木村重の与力(部下)の中川清秀、高山右近が相次いで織田信長に帰順したことから、荒木村重の勢力は摂津の中でも西側の一部のみとなってしまいます。
 
 織田信長は、まず荒木村重の有岡城攻略に乗り出し、帰順した中川清秀をはじめとする摂津衆、織田信長の直臣等を贅沢に派遣して、有岡城を包囲していきます。
 織田軍は、一気に荒木勢を制圧しようと天正6年12月8日、大軍で有岡城を強襲しますが...

 地図は黄色の旗が織田方、ピンクの旗が反織田方となっています。

第207話 大村の戦い③

戦え!官兵衛くん 第207話
 羽柴秀吉は三木城への兵糧搬入阻止を最優先にした結果、谷大膳は戦死しましたが、三木城への兵糧の大半の搬入阻止に成功しました。
 一方、別所・毛利方は兵糧搬入という本来の作戦目的を没却したかのような行動に出てしまい、三木城にわずかな兵糧しか入れられませんでした。
 結局、別所方は淡河定範を初め、多数の戦死者を出したのみに終わりました。

 補給路を完全に断たれた三木城は落城を待つばかりとなりました...

第206話 大村の戦い②

戦え!官兵衛くん 第206話
 天正7年(1579年)9月9日夜半、毛利軍は御着城主小寺政職等播磨の反織田方の諸将と共同し、三木城を包囲する織田軍に奇襲をかけます。
 毛利勢に呼応して三木城より出撃した兵は、一部が陽動部隊として谷大膳の陣を襲撃し、大部分は毛利方の補給部隊と合流、陽動部隊が織田軍を谷大膳の陣に引きつけている隙に三木城に兵糧を搬入する計画でした。
 しかし、戦場の昂揚感からか予想以上の数が谷大膳の陣に殺到、谷大膳は窮地に陥ってしまいます。
 大村の戦い(平田・大村の戦い、大村合戦)では、反織田派の家老の別所賀相の妻も戦いに加わり、奮戦したとも伝えられています。賀相の妻は、馬上、三尺近い大刀を振り回し、織田方の兵を多数殺傷したともされますが、そこまで行ったら、少しファンタジーが入っています(^^;)

 織田軍の指揮官、羽柴秀吉は補給部隊攻撃と三木城への兵糧の搬入阻止の最優先を指示します。
 主力の援軍が無い中、谷大膳は戦死してしまいます。

第205話 大村の戦い①

戦え!官兵衛くん 第205話
 魚住城経由の三木城への兵糧搬入ルートは、織田軍の土塁建設によって阻まれます(⇒第197話)。
 最後に残った、丹生山・淡河城経由の間道ルートも、丹生山の焼討(⇒第199話)、淡河城の戦い(⇒第200話)により潰されます。
 これにより、三木城は織田軍によって完全に封鎖されてしまい、通常の手段では兵糧を搬入する術が失われてしまいました。

 そこで、毛利軍は起死回生の作戦に打って出ます。毛利水軍、雑賀衆を魚住城に集結させ、御着の小寺政職、端谷城の衣笠氏等、播磨の反織田派の軍勢と協力、一大作戦に出ます!
 御着・曽根・衣笠の軍勢が三木城を包囲する織田軍を攻撃し、同時に城内からも別所軍が打って出ます!しかし、それは陽動で、織田軍を引きつけている間に運んできた兵糧を三木城に搬入するという大作戦です。
 播磨の独立のために戦う小寺政職さんの活躍が読めるのは「戦え!官兵衛くん。」だけ(*´Д`)

 天正7年(1579年)9月9日夜、御着・曽根等の軍は、突如、三木城北西の谷大膳衛好(もりよし)の陣を襲撃します。作戦通りに三木城内からも応援の兵三千が出撃します。
 毛利・御着・別所連合軍の奇襲を受けた猛将谷大膳は不意を突かれるも、必死に奮戦します。

 三木城の戦い(三木合戦)、最大の戦いである大村の戦い(大村合戦、平田合戦、平田・大村の戦い)の幕が切って落とされました!

第204話 宇喜多直家の内通

戦え!官兵衛くん 第204話
 天正7年(1579年)5月、備前の宇喜多直家は、美作の浦上派(織田派)の後藤勝基を討ちます。備前・美作をほぼ平定した宇喜多直家は、矛先を西の毛利に変えます。
 毛利を見限った宇喜多直家は、堺の商人小西隆佐の二男で宇喜多直家の家臣となっていた小西行長を通じて、播磨方面軍司令官の羽柴秀吉に内通、織田信長への帰順を願い出ます。
 
 天正7年9月4日に秀吉は宇喜多直家の帰順を織田信長に報告しますが、宇喜多直家を毛嫌いする織田信長は帰順を許しませんでした。秀吉は激怒した信長により、播磨へ追い返されます。
 宇喜多直家が、一度,織田に帰順しながら(⇒第32話)、裏切ったこともあると思われますが、生理的に受け付けないというのが最大の原因でしょう(^^;)
 しかし、宇喜多直家が帰順することにより、中国平定が一気に進むことになります。秀吉の懸命の説得により、宇喜多直家の帰順が認められたのは10月末になってからでした。
 宇喜多直家の重臣の宇喜多与太郎基家が、直家の名代として播磨の織田信忠の陣中にお礼に訪れています。

第203話 荒木村重出奔

戦え!官兵衛くん 第203話
 荒木村重は、居城の伊丹有岡城に籠り、毛利・本願寺と結んで主君織田信長に反旗を翻します。信長は自ら有岡城攻略を指揮し、有岡城の周辺に砦を築いて、包囲します。

 当時、毛利軍は、水軍を使って魚住城・尼崎城等の沿岸部の城には援軍を派遣していましたが、陸路から大規模な援軍を送ることはできませんでした。伯耆の南条元続、備前の宇喜多直家が毛利に対する造反の動きを見せていたためです。
 また、毛利軍は沿岸部の城に水軍を集結させ、同じく織田軍に包囲された三木城を救援すべく、一大反攻作戦をとろうとしていました。

 追い詰められた荒木村重は、毛利軍と直談判するため、密かに有岡城を出て尼崎城へと向かいます。

第202話 光秀の丹波平定

戦え!官兵衛くん 第202話
 播磨の隣国、丹波の攻略に当たっていた明智光秀は、天正7年(1579年)6月、長期の包囲戦の末、波多野秀治の八上城を降伏させます。波多野秀治等は、安土で処刑されます。

 天正7年春から、羽柴秀吉の弟、羽柴秀長も丹波に入り、明智光秀を支援していました。羽柴秀長は帰順した一揆衆に小粒銀を与え、生計の足しにさせるなどの懐柔政策もとり、奥丹波を平定していきます。
 羽柴秀長、細川藤孝等の支援を得て、丹波制圧は急速に進み、6月27日には信長に敵対してきた内藤如安の八木城が落城、7月19日には宇津氏も討伐されます(⇒第127話)。
 
 8月には、「丹波の赤鬼」赤井直正死後の黒井城を落し、明智光秀は丹波をほぼ制圧します(⇒第134話、⇒第137話)。
 丹波が制圧されたことで、隣国の播磨・摂津で織田信長と対峙している別所長治と荒木村重はさらに追い詰められていくことになります。

第201話 竹中半兵衛の死

戦え!官兵衛くん 第201話
 天正7年(1579年)6月、竹中半兵衛は、羽柴秀吉が三木城攻めの本陣に置いていた平井山(三木市)の陣中で没します。竹中半兵衛は、療養のため平井山の陣を出ていたのですが、死期を悟った半兵衛は、最後は戦場で迎えたいと陣中に戻り、死を迎えます。現在、平井山の観光ぶどう園内に半兵衛の墓が残されています。
 竹中半兵衛は死に際して、自分の後継者に神子田正治(みこだまさはる)を指名したと伝えられています。同僚の黒田官兵衛が荒木村重により有岡城に幽閉されていたためです。

 同年8月には、赤松本家の重臣で播磨随一の嫌われキャラの鳥居職種(通称鳥安)が戦死します。鳥居は三木合戦初期~中期にかけて活躍し、開戦前後の時期は別所氏と羽柴秀吉との間で、織田方の交渉の窓口となっていました。
 鳥居職種は、寺社領の横領が大好きで、播磨の諸将が敵味方に分かれて戦っている間にも、隙を狙って横領に精を出していたと思われます。鳥居の戦死を聞いた書写山(一時期、羽柴秀吉が毛利攻めの本陣に置いていました)の僧侶たちが大喜びしたことが記録に残されています。

 次回、話は丹波に移ります。丹波攻略に当たっていた明智光秀は羽柴秀吉の弟、羽柴秀長達の支援を得て、丹波を平定します。隣国丹波が織田軍に平定されたことで、播磨の別所長治、摂津の荒木村重はさらに追い詰められていくことになります。
  
 

大河ドラマ「軍師官兵衛」 第15話 「播磨分断」 あらすじ・感想

 少しだけ面白くなってきたのに視聴率の振るわない軍師官兵衛も第15話に入りました。

 「戦え!官兵衛くん。」では、第164話からの話になります。
 第一次木津川口の戦い(⇒第146話、第一次木津川口の戦いを舞台にした和田竜さんの小説「村上海賊の娘」が本屋大賞を受賞されました!おめでとうございます。)の大勝利にも関わらず、何故か兵糧が欠乏している本願寺に、何故か本願寺攻めの責任者でもない荒木村重が和睦の交渉に訪れます。
 本願寺の顕如は、信長が信用できないと和睦を断り、逆に荒木村重に信長が信用できるかと問います。
 ところで、顕如役の眞島秀和さんは、顕如よりも親鸞にそっくりです(第182話の1コマ目に親鸞の顔が描いてあります)。
 
 本願寺との和睦が失敗したことで、荒木村重は播磨攻めの副担当に降格の上、羽柴秀吉の配下として播磨に送られることになります。本願寺攻めの責任者は佐久間信盛なのに、荒木が降格なんて、そんな、アホな。

 播磨では、別所賀相と官兵衛の義兄の櫛橋左京進クンが暗躍し、播磨の諸将を毛利方に引き入れていきます。
 天正6年2月に加古川城が評定が開かれますが、別所賀相一派(と櫛橋クン)の謀略により失敗(⇒第166話)、播磨の諸将の多くは毛利に付くことになります。
 櫛橋左京進クンは、独立勢力で小寺政職の家臣でも何でもないのですが、もはや突っ込みません。左京進が暗躍したというのは、作り話ですので、金子ノブアキさんのファン、櫛橋氏関係者、志方町民は安心してください(^^;)
 別所の反乱により、播磨は織田派と毛利派に分断され、内戦を繰り広げることになります。軍師官兵衛も、ちょっとだけ、盛り上がってきました!
 次回、播磨の分断に付け込み、毛利の大軍が播磨西部に侵攻してきます!

(突っ込み) 
 加古川とか志方(しかた)とか神吉(かんき)とか言われても、地元民以外はピンときませんので、番組内で場所が分かる地図を出した方が良いと思います(加古川評定が開かれた加古川城も櫛橋氏の志方城も、神吉氏の神吉城も加古川市内です)。
 世界の福本豊の名言「(延長戦が長引いたので甲子園から)加古川より向こうの人はもう帰られへんね」で有名なのが加古川、精肉で有名なのが志方、志方の南で溜池が多いのが神吉です!これであなたも加古川通!

第200話 淡河城の戦い

戦え!官兵衛くん 第200話
 天正7年(1579年)5月26日、羽柴秀吉の実弟で最も信頼されている家臣の羽柴秀長は、別所長治の三木城を支援する淡河(おうご)城を攻撃します。この時期の羽柴秀長は、三木城攻撃に加わりながら、明智光秀に協力して丹波攻略に従事し、並行して領国但馬の反織田派を攻撃しつつ、但馬の経営に当たるなど、兵庫県北部~中部一円で八面六臂の活躍をしています。

 以下は、常識では考えられない話ですので、話半分でお願いします(^^;)

 淡河城主の勇将淡河定範は、かねてから用意していた牝馬を羽柴秀長の軍勢に向けて放馬させると、発情した牝馬に秀長軍の軍馬も興奮!秀長軍は大混乱に陥ります。
 つられて摂津有馬郡の領主、有馬則頼も大興奮します(大嘘)。

 混乱を突いた淡河方の攻撃で、秀長軍は敗北します。しかし、淡河定範は、単独では織田方に敵わないことを認め、淡河城を放棄して三木城に入城、徹底抗戦の姿勢を取ります。

 次回、智将竹中半兵衛と播磨随一の嫌われキャラの鳥居職種の二人の織田方の武将が、相次いで死去します。

第199話 丹生山(にぶやま)の戦い

戦え!官兵衛くん 第199話
 前田利家を初めとする北国衆により、魚住城と三木城との間に長大な土塁が完成し、魚住城と三木城との連絡が遮断されてしまいます。
 既に、神吉(かんき)城・志方(しかた)城等の加古川周辺の支城が落され、加古川方面からのルートは遮断されていました。
 魚住城経由のルートも遮断されたため、三木城に兵糧を運ぶルートは、荒木村重の花隈(はなくま)城から六甲山を横断して、丹生山(にぶやま)の明要寺、淡河(おうご)城を間道伝いに密かに運ぶ経路だけになってしまいました。

 天正7年(1579年)5月25日、羽柴秀吉の弟の羽柴秀長率いる軍勢が、物資の集積基地となっていた丹生山を夜襲し、僧侶から稚児に至るまで皆殺しにされてしまいます。おそらく、丹生山を焼く炎は、三木城からも見えたものと思われます...

第198話 第一次御着城の戦い

戦え!官兵衛くん 第198話
 官兵衛の主君、御着城主の小寺政職は織田信長に対する謀反を起こし、家臣・領民と共に御着城に籠ります。
 御着城は、城下町部分まで堀に囲まれた惣構の城でした。本丸は、現在、姫路市役所の東出張所が建っている辺りになります。ちなみに御着城の北の深志野地区に竹中半兵衛の弟の墓が、東出張所の近くに黒田家廟所があります。また、御着の西の国分寺地区には、播磨の国分寺があり、官兵衛と別所軍との戦闘があったとされています。国分寺地区には壇場山古墳もあり、御着城を訪れた際は、足を延ばされてみてはいかがでしょうか。

 なお、司馬遼太郎さんの播磨灘物語では、御着城の周辺は、古来より「御国野」と呼ばれていたとの記述がありますが、「御国野」は、明治時代の合併の際に、「御」着、「国」分寺、深志「野」の三地区からとった合成地名ですので、同書の記述は、司馬遼太郎さんの勘違いです(^^;)

 天正7年(1579年)4月下旬、播磨攻略に派遣された織田信長の嫡子、織田信忠(かしこい子)は、大軍を率いて小寺政職が籠城する御着城を攻撃、城下を焼討します。
 御着軍との間で戦いとなりますが、一通り御着城の攻撃を終えた織田信忠の軍勢は荒木村重の領内へと移動、荒木領内で焼討・略奪・麦の刈り取り(織田信長の春の戦いの基本は麦の刈り取りです⇒第122話)を行います。
 織田信忠の軍勢が御着城より移動、撤退したことから、小寺政職は御着城の防衛に成功します!
 播磨の独立と平和のために戦う小寺政職さんの活躍が読めるのは、「戦え!官兵衛くん。」だけ(*´▽`*)

 題名を「第一次御着城の戦い」としていますが、天正7年12月の御着城での戦闘と区別するために便宜上付けただけですので、一般に定着した名称ではありません。検索しても出てこないですよ(^^;)  

第197話 北国衆の派遣

戦え!官兵衛くん 第197話
 天正7年(1579年)4月、三木城攻略総監督の織田信長は、魚住城経由のルートによる兵糧搬入を阻止するため、織田信長の三人の息子-嫡男で賢い子の織田信忠、二男で残念な織田信雄(のぶかつ・のぶお)、三男で普通の子の織田信孝-、北陸方面軍から府中三人衆の前田利家、佐々成政、不破光治(大河ドラマ「利家とまつ」では、五木ひろしさんが演じていました)、側近で「何でもできる久太郎」の堀久太郎秀政等を派遣します。

 織田信長は、三木城の南の丘陵地帯に、魚住城との連絡を絶つための砦の建設を指示します。現在、三木ホースランドパーク等がある辺りです。
 北国衆を中心とする織田軍により、長さ数キロに及ぶ長大な土塁からなる砦が完成し、三木城と魚住城との連絡は遮断されてしまいます(★)。
 また、織田信長は、織田信忠を中心とする軍勢を西部方面に派遣します。
 次回は、小寺政職率いる御着軍と織田信忠率いる織田軍との決戦です!
 小寺政職さんの活躍が読めるのは、「戦え!官兵衛くん。」だけ(*´Д`)

★ ネタバレ 
 大河ドラマ「軍師官兵衛」ノベライズ本では、第18話「裏切る理由」で、天正6年(1578年)8月、竹中半兵衛と黒田官兵衛が三木城の周囲を土塁で囲むよう献策し、石田三成が指揮して建設したという内容になっています...造ったのは前田利家達ですし、時期もずれていますが...
 他人の手柄を横取りして話を作るのは...歴史考証担当の小和田先生、また、負けましたね(*´Д`)

第196話 三木城救援戦

戦え!官兵衛くん 第196話
 ちょっとだけネタバレあり。
 大河ドラマ「軍師官兵衛」では、荒木村重の伊丹有岡城に官兵衛が幽閉されている間、三木城の戦い(三木合戦)等の播磨の合戦は大幅にカットされます(^^;)
 さらに、ノベライズ本によれば、なぜか黒田官兵衛が別所長治を説得して三木城を開城させてしまいます(実際に三木城との交渉をやったのは、浅野長政、別所長治の叔父の別所重棟、官兵衛の叔父の小寺休夢等で、官兵衛が説得したというのは、他人の業績の横取りです...)。
 おまけに、小寺政職は、引きこもりのヘタレにされてしまっています...
 御着城主小寺政職さんの活躍が読めるのは「戦え!官兵衛くん。」だけ!
 って、それでいいのか...(*´Д`)

 それでは、本題。
 天正7年(1579年)は、織田軍の有力諸将は荒木村重の有岡城包囲に駆り出されているため、恒例の織田信長の正月のあいさつは有りません。
 織田軍は、有岡城(伊丹市)と同時に、西の三木城(三木市)も包囲しますが、糧道を完全に断つまでには至っていませんでした。ちなみに、有岡城、三木城だけではなく、尼崎城等の支城、本願寺や丹波の城等も包囲していますので、織田軍は、同時並行で多くの城の包囲戦をやっています。

 毛利軍は、水軍を使い、魚住城、尼崎城等の瀬戸内海沿岸の城に援軍と物資を送り込みます。加古川周辺は官兵衛達の活躍で織田軍が平定していますので、毛利軍は魚住城から北上して三木城へと向かうルートで、兵糧を運び込みます。
 城主魚住頼治率いる魚住城は、海沿いの小さな城でしたが、浦(乃美)宗勝等毛利水軍が入り、物資を集積する等、毛利・別所方の反攻拠点となっていました。

 天正7年(1579年)初春、織田軍は魚住城経由のルートを抑えるべく別所軍を攻撃しますが、別所軍で石野赤松氏の石野氏満の反撃を受け、古田重則(古田織部の弟)が戦死するなどの損害を被ります。
 三木城へは魚住城経由での食糧搬入が続き,三木城の城兵は明石の鮮魚を掲げて、城外の織田軍に誇示したとも伝えられています。
 三木城攻撃総監督の織田信長は、魚住城経由のルートの遮断を図るべく、前田利家、佐々成政、不破光治等、北陸方面軍を主力とする援軍を三木に派遣します。

 一方、毛利軍は魚住城や尼崎城といった沿岸部の城には援軍を送っていましたが、伊丹有岡城のような内陸の城には援軍を送ることができませんでした。このことが、有岡城主、荒木村重に思わぬ行動を取らせることになります...

大河ドラマ軍師官兵衛 第14話 引き裂かれる姉妹 感想

 あらすじ等は、⇒あらすじ・ネタバレでどうぞ。

 実際には囲師必闕の戦法なんてやっていない(地形的にできない)福原城攻撃をどう描くのかと思っていましたが、
 福原城攻撃のシーンはやらない 
 という荒業での解決でした(^^;)
 ドラマが終わった後の紀行で福原城の紹介をしていましたので、ビデオに撮っている人は、前回の福原城の地図と見比べて見てください(汗)。御着城の紀行では、ドラマに出てくる田舎の砦風の御着城とは違い、御着城が街道沿いの惣構の平城という先進的な構造をしていたことを示す絵図面を紹介する等、ドラマ本編と全く違う内容になっていました。恐るべし、NHK!

 山中鹿介役の別所哲也さん、宇喜多直家役の陣内孝則さんが好演。脚本のアラを役者さんの好演で救済している感も無きにしもあらずですが(^^;)
 特に宇喜多直家役の陣内さんはGOOD!です。ただ、宇喜多直家が上月城の謀反を促したというのは、ありえないです。宇喜多直家は、周辺の織田派を攻撃し、パックマンのように織田派の領地を食い尽くして大勢力に成長した後、パワー餌を食って、織田信長に寝返り、西の毛利を食いに行っていますので、現時点で自分の配下を織田に差し出すなんてことをやるはずがありません。
 そもそも、第一次上月城の戦いの時点では、上月景貞ではなく、七条赤松氏が上月城の城主だとされていますし(^^;)

 別所哲也さんは、山中鹿介よりも別所賀相役の方が良かったと思います。別所家なんて言っても地元以外は分からないので、役名と役者名が一致した方が解りやすいでしょう。山中鹿介は、第17話を最後に出番が無くなるので、勿体無いです。

 相変わらず半人前軍師の官兵衛が「宇喜多直家のような化け物を生み出した乱世を終わらせる!」なんて意味不明なことを言っていたりしますが、織田信長に臣従する前は、小寺政職・官兵衛主従は宇喜多直家と組んで浦上宗景の勢力を削ごうとしていたので、何を眠たいことを言っているのかと小一時間...
 なお、黒田官兵衛は、後年、関ヶ原の合戦前の時期に、いよいよ面白い展開になってきたな!なんて手紙を出したりしていますが(^^;)

 軍師官兵衛最大の失敗は、主人公のキャラ設定を間違えていた点では無いかと...
プロフィール

kurokanproject

Author:kurokanproject
NHK大河ドラマ軍師官兵衛の主人公黒田官兵衛を紹介するマンガを描いています。
織田信長や羽柴秀吉といった歴史上の大人物、黒田官兵衛、小寺政職、赤松政秀、別所重宗といった播磨の武将達や、浦上宗景、宇喜多直家、荒木村重、松永弾正といった一癖も二癖もある連中が活躍します。

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ぜひ、第0話から読んでみてください(*^_^*)

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