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第129話 信長との面会

戦え!官兵衛くん 第129話
 天正3年(1575年)7月、主君小寺政職の命を受けて、黒田官兵衛は岐阜で織田信長と面会します。
 7月中旬まで織田信長は、丹波・播磨等の諸将と面会すべく上洛していましたので、官兵衛と信長の面会場所が岐阜というのは、怪しいです(^^;)

 このとき、信長との取次が誰だったのですが、荒木村重の可能性が高いのではないかと思われます。大河ドラマ「軍師官兵衛」でも荒木村重が取次となるようです。
 また、小説等では、柴田勝家、明智光秀等、信長旗下の諸将が毛利攻略の担当の地位につくべく駆け引きを巡らせるようですが、作り話でしょう(^^;)
 この時点で、明智光秀は丹波攻略の担当に決定、柴田勝家は北陸攻略の担当にほぼ決定していましたので、本来の担当以外に毛利攻略の担当に手を上げるというのは無理です。
 なお、織田信長上洛時から、羽柴秀吉(当時木下)と朝山日乗が毛利の担当窓口となっていましたので、後年、羽柴秀吉が毛利攻略の担当となるというのは、信長と秀吉からすると自然な流れだったと思われます。
 
 また、「黒田官兵衛が居並ぶ諸将を前に、織田信長に毛利攻略の策を授け、織田信長が『わしの考えと同じじゃ!』と喜び、名刀圧切長谷部(へしきりはせべ)を授けた。」という話も作り話の可能性が高いでしょう(^^;)
 そもそも、織田と毛利は現時点では表面上は敵対しておらず、むしろ双方とも対決を避けよう(もしくは、先延ばししよう)としている時期なのに、毛利攻略の策を滔々と述べると「空気読めよ!ボケ!」と罵倒されても仕方がありません。また、この後の播磨対策は、織田信長は、官兵衛が献策したとされる案とは全く違った行動を取っています。

 黒田官兵衛という人は、実際にやった凄い業績が取り上げられず、作り話の類が広まっているのは非常に残念です。
 これまでの官兵衛の業績を上げただけでも、
・赤松政秀を青山・土器山の戦いで破り、幕府・織田軍の播磨・但馬侵攻を頓挫させた。
・織田方の別所軍の侵攻を何度も食い止めた。
・浦上当主浦上久松丸を宇喜多直家に派遣し、浦上宗景を滅亡の淵に追いやる協力をした(これはちょっと微妙か)。
 といった結構、すごい事をやっています。 
 もし、黒田官兵衛がいなかったら、永禄12年頃に織田信長の勢力は備前にまで及ぶ可能性が出てくるので、その後の日本の歴史は少しだけ変わっていたのではないのでしょうか。

 織田信長は、気骨のある敵将(と才能のある美少年)を好みます。小勢力の小寺を支え続けた官兵衛は信長のツボにはまったようです。長年にわたって、織田を悩まし続けた小寺家を信長に臣従させたことを喜び、官兵衛に名刀「圧切長谷部」を授けます。
 「圧切長谷部」は、織田信長が茶坊主を手討ちにする際、棚の下に潜り込んだ茶坊主に刀を押し付けただけで身体を切断できたという名刀(国宝)です。現代人の感覚からすると微妙なネーミングですが、この時代は、刀に倒した敵の名前を付けたりしてましたので、一般的な命名法なのかもしれません。黒田家にも「安宅切」、「名物城井兼光」といった名刀が伝わっています。安宅河内(誰?)と城井氏を討ち取った刀であると伝えられています。

 とりあえず、小寺家の危機はさりましたが、次回、またもや播磨に危機が訪れ、荒木村重が救援に派遣されます。 

第128話 天正3年7月の上洛

戦え!官兵衛くん 第128話
 天正3年(1575年)6月26日、織田信長は上洛します。
 上洛の途上で、織田信長はかねてから生活状況を心配していた物乞いの「山中の猿」に援助するため、木綿の反物20反を村人に与え、生活の面倒を見るように指示しています。
 7月1日、東播磨の別所長治は、叔父の別所賀相、別所重棟とともに上洛し、公家や三好長老の三好康長等とともに織田信長と面会します。
 今回の上洛では、織田信長は自分の有力家臣を任官させるとともに、西国の雄、毛利氏へも友好を図りたいという書面を送っています。塙直政が原田直政に性を改めるのもこの時期です。
 織田信長は、上洛に先立つ6月17日に明智光秀(光秀は惟任性を貰いますが、面倒なので明智で通します)を通じて、丹波の内藤、宇津氏に京都に出頭と応じない場合の討伐を命令しておりました。
 織田信長は7月15日にまで、京都に滞在しましたが、内藤、宇津氏は結局、出頭に応じませんでした。17日には岐阜に戻っております。

 ところで、黒田家の資料では、黒田官兵衛は天正3年7月に岐阜で織田信長に面会したとされております。しかし、織田信長は西国の大名と面会すべく上洛していましたので、岐阜で面会したというところに非常に疑問を感じます。というより、本当は京都で面会した可能性が高いと思いますが、とりあえず岐阜で面会したということで話を進めます。
 また、同じ月に黒田官兵衛より先に東播磨の別所氏が織田信長と面会していることからもわかるように、「官兵衛が最初に織田信長の勢力を播磨に引き入れた」とか「官兵衛が別所を織田信長につくように説得した」というのは大嘘です(^^;)

 前回(⇒第127話)、御着評定での議論は「織田につくか、毛利につくか」ではなく、「織田に臣従するかどうか」がテーマではないかという話をしました。
 官兵衛は7月下旬に岐阜で織田信長と面会したというのが事実であれば、織田信長が畿内周辺の反信長勢力の討伐に本腰を入れようとしていた時期ですので、丹波の内藤、宇津が京都へ出頭せず、丹波討伐が確定的になった段階で、慌てて小寺政職は官兵衛を織田信長の下へ派遣したのかもしれません。
 次回、官兵衛と織田信長が面会します。
 しかし、またもや大事件が立て続けに勃発し、西国は不穏な情勢となります。

第127話 御着評定②

戦え!官兵衛くん 第127話
 織田信長は、天正3年(1575年)4月初めの本願寺攻めに際して、近畿一円に大動員をかけ、10万人の兵を集めます(⇒第122話)。
 播磨にも動員がかかり、別所氏は兵を送りますが、当時、織田信長と敵対関係にあった小寺政職は、信長の動員令に協力しませんでした。また、丹波で織田信長と敵対する内藤ジョアン(如安)、宇津頼重も協力しませんでした。

 織田信長は、畿内周辺に残る反信長勢力を討伐するため、まず丹波の内藤ジョアン、宇津頼重に圧力をかけます。内藤、宇津氏は丹波でも京都に近い丹波口の勢力でしたので、信長は、まず近場の反信長勢力から潰していこうと考えたのだと思われます。
 信長は、内藤、宇津氏に6月に京都へ出頭するよう命令します。「出頭」ですから、最初から断罪前提の雰囲気です(^^;)
 この信長のメッセージは、播磨の反信長勢力の小寺政職にも伝わり、天正3年6月に小寺家内部で織田信長に臣従するかどうかの会議が開かれます(御着評定)。
 この会議の席で、織田につくか毛利につくか議論され、小寺(黒田)官兵衛の理路整然とした説得で織田につくことが決まったとされています。しかし、天正3年6月時点では、織田と毛利は、表面的には友好関係にあり、少なくとも毛利氏には織田と対決する決意も無かったと思われますので、若干、疑問を感じます。
 おそらく、この時点では、「小寺家が織田に臣従するかどうか」という議論だったのではないでしょうか。
 その後の状況の変化で、織田と毛利が敵対することになり、織田に臣従していた小寺家が、このまま織田に臣従するのか、毛利について織田と反抗するのかという議論が起こったのではないかと思います。
 
 この辺りの黒田家の資料は、官兵衛を美化するためか(^^;)、織田信長サイドの資料や客観的な状況と整合していないことが多く、まゆにつばをつけて読んでみる必要があります。
 特に、「黒田官兵衛が三木の別所長治と龍野赤松の赤松広英(赤松政秀の遺児、後の斎村政広)を説得して、小寺政職と一緒に上洛し、天正3年秋に織田信長に面会させた。」というのは嘘八百も良いところです(^^;)
 別所も龍野赤松も以前からの信長派で、長年にわたって信長に反抗していたのが小寺ですがな。しかも、赤松広英は信長の養女のさこの方の弟なので、信長の準身内的な存在です。なんで官兵衛に説得されて信長と面会とするのかと。
 このあたりのつじつまを合わせるため、小説等では小説家が苦心して、かなり苦しい展開にしたりしていますので、背景を念頭に入れて読まれると面白いと思います。

 個人的な憶測ですが、天正3年4月の大動員の時点で、官兵衛が織田に臣従すべく動員に参加するように説得したけれども、小寺家内部では反対意見が多く、動員参加は実行されず、丹波の内藤・宇津の出頭命令を見て、初めて小寺家内部に危機感が沸き起こったという雰囲気ではなかったのかと思います。

 なにはともあれ、官兵衛が織田信長への使者に決まりました。織田信長も6月27日に京都に上り、西国の大名に上洛を求めます。
 いよいよ7月に官兵衛は信長と面会することになります!
 が、この漫画でもつじつまを合わせるために、次回以降、少し苦しい展開になっています(*´▽`*)
 大河ドラマ「軍師官兵衛」でも大嘘が連発されることになると思われます(^^;)

第126話 御着評定①

戦え!官兵衛くん 第126話
 但馬の山名祐豊が毛利に降伏したことから、播磨の北は毛利の勢力圏となります。
 また、備中の三村元親が毛利軍によって滅ぼされます。
 備前の浦上宗景も宇喜多直家によって滅亡寸前に追い込まれます。
 播磨の北と西は毛利の勢力圏となってしまいました(小寺官兵衛も一枚噛んでいるのですが)。

 一方、小寺家が龍野赤松領を併呑して勢力を増強するということもできませんでした。
 赤松政秀の娘のさこの方が,織田信長の養女となったためです。かつては将軍足利義昭と織田信長にケンカを売った小寺政職も、現在の織田信長を敵に回して戦う覚悟までは無かったでしょう...
 
 東は織田、北と西は毛利という大勢力に囲まれてしまった小寺家に、またしても選択の時が迫ります。
 
 次回、小寺家臣が御着城に集まり、小寺家の将来についての会議を行います。
 大河ドラマ「軍師官兵衛」でもヤマ場になると思われますが、驚異の逆天才の櫛橋左京進クンがつまらないことを言いそうな予感。

第125話 浦上VS宇喜多

戦え!官兵衛くん 第125話
 備前の宇喜多直家(大河ドラマ「軍師官兵衛」では、陣内孝則さんが演じます。超期待!)は、主君の浦上宗景(室津城で赤松政秀に殺害された浦上政宗の弟・・・大河ドラマでは出てこないみたいです)打倒を目指し、小寺政職から送られた本来の浦上当主である浦上久松丸(浦上政宗の息子と黒田官兵衛の妹か義理の姉妹の間の子・・・山脇六郎左衛門、城井(宇都宮)鎮房謀殺と並ぶ官兵衛の暗黒面のためか、大河ドラマでは出てこないようです。★)
 浦上家内部の関係については、こちらをご覧ください⇒第114話

 浦上宗景の反撃により膠着していた宇喜多と浦上の戦いは、旗頭浦上久松丸を擁立したことと宇喜多直家の謀略により、次第に宇喜多直家有利となっていきます。
 とどめとなったのが、天正3年(1575年)6月の備中三村氏滅亡です。三村元親を滅ぼし、備中を完全に支配した毛利氏は、勢力を備前攻略に傾けられるようになります。このため、備前の浦上方の諸将は宇喜多に鞍替えし、浦上宗景を支持するのは、一部の直臣のみとなります。
 劣勢となった浦上宗景は居城の天神山城での籠城を選択します。

★以下、ネタバレを含みます。
 ドラマ・ストーリーでは、次回第5話での母里武兵衛の発言が、一般に伝えられている内容と大きく変わっています。
 赤松政秀軍の攻撃を受けて瀕死の武兵衛は、突撃命令を下す官兵衛に「わしみたいな怪我人に突撃せえとは、『死ね』ちゅうことか!」という趣旨の発言をしたとされていますが、ドラマでは「殿をお守りしろと、父はいまわの際に...来るなと仰せでも、ついてまいります!」という風に変更されるようです...
 
 この漫画では、利己的な発言と誤解されないように「わしら」に変えています(第26話)が、本当に↑のように変えるのであれば、ちょっと改変し過ぎかと(^^;)
 この調子だと、城井一族謀殺の件は、どんな風に描かれるのでしょうか...

 あと、大河ドラマ「軍師官兵衛」では、青山・土器山の合戦の際に小寺政職が赤松政秀の攻撃を恐れ、官兵衛達を残して戦場から離脱したという設定になるようですが、史実と明らかに違います。史実では赤松政秀に連合して、赤松本家、小寺政職、浦上宗景と戦うべく派遣された織田軍・摂津衆に対抗するため、赤松本家の赤松義祐と共に堅城の姫路北部の置塩城で籠城しています。
 また、小寺政職の直臣も姫路の黒田軍の応援に駆け付け、官兵衛達や援軍の英賀衆と共同で赤松政秀と戦っています。
 摂津衆(播磨攻略軍には荒木村重・高山右近等も加わっていると思われます)、別所軍の攻撃で、姫路城・御着城に近い庄山城(徒歩1時間くらいの距離)が織田方に奪われ、赤松本家・小寺家が滅亡寸前に追い込まれていたような状況だったのです。
 小寺政職が優柔不断なバカ殿という設定にしても、ちょっと捏造しすぎです(^^;)

軍師官兵衛 第4話 「新しき門出」 感想

 ストレートな感想を申し上げますと、微妙だった第1話に比べて断然、面白くなっています!第1話で見るのを止めたという方は、騙されたと思って、土曜の再放送からでも見てください(*^-^*)

 三好三人衆と松永弾正に追われた足利義昭(義秋)は、各地の大名に書状を出し、上洛の援助を求めます。
 御着の小寺政職(官兵衛の主君、鶴太郎さんが好演しています)は書状を貰ってご満悦ですが、姫路の小寺職隆(官兵衛の父、柴田恭兵さんが演じます)の下にも書状が届いたことが分かり、微妙なことになります...

 ただ、書状の日付は永禄10年9月17日となっていました...
 織田信長が稲葉山城を落城させたのは、永禄10年8月15日ですので、時系列が逆になっています(^^;)
 龍野城主赤松政秀の下には、永禄10年8月に足利義昭からの援助を求める書状が届いていますので、その後にもらったようです。足利義昭の書状を手に、不気味に目を光らせる赤松政秀と円満和尚の図が出てきたら、最高でしたが、赤松家の話は次回に持ち越しです。

 官兵衛と妻の櫛橋光との出会いは、ベタすぎますが、御愛嬌ということで。

 櫛橋家の領内で小寺家中の狩りが催され、キジを射ち漏らした小寺政職の目の前で、小寺(黒田)職隆が大物イノシシを仕留めてしまいます。これで、小寺政職の小寺職隆への不信感はちょっと↑。
 官兵衛の父の小寺職隆は、特に能力が高い人とも思えませんが、大河ドラマ「軍師官兵衛」では「赤松政秀と小寺職隆が組んだら播磨一国が手に入れられる」という設定ですので、ある程度、能力が高いということにしておきます。
 小寺政職の不信感が、小寺職隆の隠居へとつながります。
 小寺政職は,黒田家との関係を深めるべく、櫛橋家の娘と官兵衛との結婚をセッティングしますが、姉の力は、櫛橋左京進クンの影響で官兵衛が大嫌いなため、結婚の話を断ってしまいます。
 結局、妹の光が黒田家に嫁ぐことになりますが、二人は既に出会いを済ませ、お互いに気になる関係になっていました(ベタ)。

 信長サイドでは、柴田勝家、佐久間信盛、滝川一益等信長家臣の面々と明智光秀が登場。光秀について、細かいことを言うと歴史ヲタクはうざいと思われるので、なぜ岐阜城にいるのか?といったことは、飛ばします。
 管理人一押しの櫛橋左京進クン(金子ノブアキさんが好演しています)は、後に佐久間信盛・荒木村重に助け船を出されることになりますが、大河ドラマではその辺のいきさつもきっちりと描いてほしいです。佐久間・荒木の運命とともに...

(今週の突っ込み)
 織田信長の楽市の話を聞き、「御着でもぜひ楽市を」という官兵衛くんですが...アホですか(^^;)
 半径7,8キロくらいしかない小寺領内で楽市を開いて、誰が買いに来るのかと...
 領内・領外に関所がワンサカあって、歩くだけでも通行税を取られるのに、市場を無税にしても効果があるのかと...
 まずは、播磨一国くらいの領域を制圧して、関所を全廃にしてから楽市を実行しましょう!信長が楽市を行ったのも、美濃を取ってからですよ!
 
 

第124話 備中兵乱③

戦え!官兵衛くん 第124話
 備中兵乱①(⇒第116話)の続きです。
 毛利に造反したとして、宇喜多直家・小寺政職と結んだ毛利軍に攻撃された備中(岡山県西部)の三村氏は、天正3年6月に滅亡してしまいます。
 
 同盟者の織田信長や大友宗麟からの援助はありませんでした...幼い三村元親の子も殺害されてしまいます...

 戦後、毛利は、備中の支配を三村氏の家臣だった清水宗治に任せます。
 清水宗治は、毛利の家臣として、後年、黒田官兵衛と死闘を繰り広げることになることを思うと、歴史の不思議さを感じます。

官兵衛の妻、光姫の実家 櫛橋家とは

大河ドラマ「軍師官兵衛」では,官兵衛の妻の櫛橋光の父親として,御着の北東にある加古川の志方城主,櫛橋左京亮(くしはしさきょうのすけ=櫛橋伊定(これさだ),益岡徹さんが演じます)が登場します。
また,官兵衛に冷たく当たる官兵衛の義兄の櫛橋左京進(くしはしさきょうのしん★)を金子ノブアキさんが演じています(小寺サイドでは、小寺休夢役の隆大介さんと合わせて一押し!)。
 櫛橋家は,鎌倉時代に東国から播磨に土着した御家人の系統だと考えられています。加古川周辺は,高砂の梶原氏等,鎌倉御家人の系統が多く続いています。

 左京亮,左京進と名乗っていますが,名前ではありません。
 左京というのは京都の左京の行政・警察職という意味で,長官が左京太夫,以下を左京亮,左京進等の官職が続きます。櫛橋氏の左京亮,左京進は,朝廷の許可を得ずに勝手に名乗っている官職だと思われます。
 播磨守護の赤松晴政(龍野城主赤松政秀の舅)は,朝廷から左京大夫に正式に任官されていますが,当時,朝廷には実権が無かったので,権威のみの名誉職です。
 実際に京都の行政・警察活動を行うのは,幕府の侍所所司代になります。浦上家の浦上則宗が,応仁の乱後に侍所所司代となり,通行税に苦しむ民衆のために,日野富子が作った京都の関所を破壊するといった活躍を行っています(^^;)

 櫛橋家が躍進するきっかけとなったのは,応仁の乱後に,播磨守護の赤松政則(赤松晴政の先々代の守護)が,浦上則宗,小寺藤兵衛則職等,自分の家臣達から総スカンをくらい,当主の地位を有馬慶寿丸という少年に代えられようとしたため,堺に逃亡するという事件が勃発したためです。
 櫛橋則伊(のりただ),別所則治(のりはる)等,少数の家臣だけが赤松政則を助けますが,8代将軍足利義政の後押しで赤松政則が復権した後,櫛橋則伊,別所則治は赤松政則に抜擢され,櫛橋家,別所家が躍進するきっかけとなります。

 浦上則宗の死後,浦上家の実権を握った浦上村宗は,播磨・備前・美作の支配を目指して赤松政則の次の守護,赤松義村を室津城に幽閉した上で殺害し,12代将軍足利義晴(足利義輝,義昭の父)を擁立しますが,1531年に赤松晴政,小寺則職(先の則職とは別人),小寺政職等の活躍で戦死します。
 浦上村宗戦死後,後を継いだ浦上政宗(第3話で,おたつとともに赤松政秀により室津城で殺害された人)・宗景兄弟と赤松晴政の戦いが始まりますが,1534年の朝日山の戦いで,浦上軍の攻撃により赤松軍は大敗し,櫛橋左京亮,上月右京亮等,多くの赤松重臣が戦死してしまいます。
 守護赤松家が没落するのと歩調を合わせるかのように,櫛橋家も衰退していきます...
 逆に別所家は躍進していくんですけどね(^^;)

 軍師官兵衛の第4話の頃は,櫛橋家は,小寺家のように独立勢力の地位を保っています(したがって,大河ドラマのように,櫛橋左京亮が小寺政職の家臣になっているというのは事実ではありません)。
 ドラマのように小寺の家臣同士の家の結婚ではなく,実際には,黒田官兵衛は,衰退しているけれども,赤松本家の重臣で,鎌倉以来のちょっと名門の家柄のお嬢さんの光姫と結婚したということになります。
★姫路城史では,落城時の志方城主は櫛橋左京亮櫛橋伊則(これのり)とされています。

第123話 長篠の合戦

戦え!官兵衛くん 第123話
 天正3年(1575年)5月13日、織田信長は武田勝頼の軍勢に包囲された長篠城救援のため出陣します。
 5月21日の長篠の合戦で、織田・徳川連合軍は武田軍に圧勝します。
 隠し芸の達人(海老すくい)の酒井忠次と信長の腹芸とか、行軍日程の微妙さとか、鳥居強右衛門の活躍とか,兵糧計画の適当さとか、書きたいことはあるのですが、天正3年は盛りだくさんですので、詳細は省略します。

 武田軍に圧勝した信長は、上洛の準備に取り掛かります。上洛の目的は、未だ信長に臣従していない大名を従わせるためのものでした。特に丹波の将軍派大名と播磨の反信長派大名~具体的には、織田信長にさんざん楯突いてきた小寺政職(^^;)~に向けてのアピールでしょう。

 その頃、西国は大変な事態になっていました。小寺政職,官兵衛は唖然とした顔,山名祐豊は茫然とした顔,赤井直正は不審な様子を見せていますが、驚愕の出来事が続き,西国の勢力図が一変されることになります。
 次回からは西国編になります。

第122話 第二次高屋城の戦い

戦え!官兵衛くん 第122話
 荒木村重が本願寺の砦を落したことから、天正3年(1575年)4月初め、急きょ、織田信長は摂津方面の攻略を開始します。
 畿内,若狭,近江,美濃,尾張,伊勢,丹後,丹波,播磨,根来に大動員をかけ,10万の軍勢を集めます。
 播磨の別所長治は動員に応じたようですが,丹波や播磨の中でも,小寺家を含む一部の勢力は動員に参加しませんでした(★)。織田信長は,自ら鎌を握って麦刈りを行い,本願寺周辺の麦畑を荒らします。
 怒涛の攻撃で、織田軍は4月19日に新堀城を落城させます。
 高屋城に籠っていた三好長老の三好康長(笑岩)は信長に降伏しますが,三好康長の気骨を買った織田信長は,三好康長を許したばかりか,信長の重臣に大抜擢します。
 三好康長周辺の関係図はこちらをクリック⇒三好氏家系図
 織田信長の宿敵であった三好氏は,以後,織田信長の家臣として大活躍します...

 10万の大軍に囲まれた本願寺は落城するのも時間の問題となりましたが,ここで,武田軍が長篠城を囲んだという急報が入ります。
 織田信長は,このまま本願寺の包囲を続けて,本願寺を屈服させるか,本願寺攻めを中止し,武田軍を攻撃するかの二者択一を迫られます。
 
 ★小寺(黒田)官兵衛が織田信長の先見性に着目したため,小寺家が,播磨の中でも,いち早く織田信長方に付いたとか,官兵衛が別所を説得して,織田方に引き込んだといった話は,真っ赤なウソです(*´▽`*)

第121話 天正3年3月の上洛

戦え!官兵衛くん 第121話
 天正3年(1575年)3月に、織田信長は宮中との関係強化を目的として上洛します。
 このとき、桶狭間の合戦で織田信長に打ち取られた今川義元の嫡男の今川氏真も上洛し、織田信長に面会して、今川家再興の支援を要請しています。
 今回の上洛で今川氏真は、織田信長に懇願され、宮中で公家とともに蹴鞠の腕前を披露します。
 父親、今川義元の仇の織田信長に支援を求めるというのも何だかな~という気もしますが。

 今川氏真は徳川家康の厄介になりながら、武田氏に調略をかける等、旧領の回復を目指しますが、失敗し、その後は悠々自適の生活を送ることになります。

 織田信長は、禁裏の修理を行うとともに、養女にした赤松政秀の娘、さこの方を関白九条家に嫁がせ、宮中との関係強化を図ります。そのかいもあってか、嫡男の織田信忠は、出羽守に任命されます。

 また、信長は、家臣の塙直正(後の原田直正)を大和守護に任命し、抜擢することになります。塙直正は、南山城(京都南部)の守護も兼務していますので、この時点では羽柴秀吉よりも塙直正の方が、ずっと格上です。
 反面、かつて大和を支配していた松永弾正の凋落も明らかとなります...

 3月下旬に武田勝頼率いる武田軍が三河の徳川領内に侵入し、信長の嫡男織田信忠率いる軍勢が迎撃に向かいます。
 織田信忠は、打倒武田に燃えていますが、信忠には、誰にも打ち明けられない、秘めた願望がありました...

 武田軍侵入と歩調を合わせたのか、高屋城でまたまた反信長勢力(旧摂津守護の池田勝正、雑賀衆、三好勢等)が活動を活発化させます(前回の高屋城の戦いはこちらをクリック⇒第108話)。

 次回、さらに驚愕の「なんじゃこりゃ」という展開に発展します(脱力必至です)。
 そして、織田信長は究極の二者択一を迫られることになります。信長の選択により、戦国時代の歴史の流れは大きく変わることになります。
 信長の選択が正しかったかどうかはわかりませんが、選択の結果を受け、この後、天正3年の6月に御着城で小寺家内部の会議が開かれ、織田に臣従することを決定した後、7月に黒田官兵衛が織田信長と面会することになります。

 追記
 本日発売の週刊モーニングに連載されている「へうげもの」で、中川清秀の妹を巡って、摂津池田氏の池田知正が古田織部の恋のライバルとして登場しています。池田知正(勝正の弟とも言われますが、詳しくは不明)は、三好三人衆と組んで、織田信長派の池田勝正を追放して池田家当主となります(第37話)。言ってみれば、池田勝正を没落させた張本人です。
 その後、池田知政も織田方に寝返った荒木村重に追放されてしまうなど、波乱万丈の人生を送ります。今週の話は、ちょうど、木下藤吉郎と摂津衆による永禄12年の播磨・但馬侵攻の前後になります。

 ところで、古田織部も天正年間の播磨・摂津攻略戦で活躍しますが、大河ドラマ「軍師官兵衛」に登場するのでしょうか(*^_^*)

大河ドラマ「軍師官兵衛」勢力地図

戦え!官兵衛くん 播磨勢力図 序盤編
NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の位置関係が分からないという声をお聞きしましたので、青山・土器山合戦時の絵地図を作ってみました(縮尺はいい加減です)。
 大河ドラマベースですので、かなりすっきりとしています(NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」は仮想世界の播磨を舞台にしていますので、現実と違います)。

 次々回は青山・土器山の合戦になりますが、NHK大河ドラマでは
 官兵衛の味方は、小寺家・黒田家・櫛橋家で、敵は別所・赤松家と単純です。
 史実ですと、
 官兵衛の味方は、小寺家、赤松本家、備前浦上家、英賀衆、三好三人衆となり、
 敵は、龍野赤松家、織田信長、足利義昭、別所家、宇喜多直家となります。
 龍野赤松と赤松本家の抗争に、毛利と尼子遺臣・山名の対立、宇喜多と浦上の抗争が絡んできますので、非常にややこしい話になります。
 

第120話 芸但和睦

戦え!官兵衛くん 第120話
 但馬の山名祐豊は、反毛利活動を続ける山中鹿之介等尼子遺臣と甥の山名豊国を支援していました。
 因幡の山名豊国は、尼子遺臣と共に親毛利派の武田氏の鳥取城を占領しますが、毛利に攻撃され降伏してしまいます(第96話)。
 毛利氏は、織田信長に再度の山名祐豊追討を依頼し、信長も了承しますが、約束は反故にされてしまいます(第99話)。信長に山名祐豊を依頼したのは、但馬までは織田、因幡からは毛利の勢力圏という合意があったためです。
 このため、毛利氏は単独で但馬に圧迫をかけ、天正3年(1575年)3月に山名祐豊は、信長に無断で毛利に降伏してしまいます。
 またもや、山名祐豊の行動により、織田と毛利の対立の火種が生まれます。
 

第119話 さこの方の再婚

戦え!官兵衛くん 第119話
 龍野城主赤松政秀の娘の「さこ(さこの方)」は、足利義昭の側室となり,男児を産みます。
 赤松政秀の娘も、おたつ同様、政略の道具にされることになります。
 しかし、父の赤松政秀は青山の戦いで官兵衛に敗れた後、浦上宗景に毒殺され、龍野赤松家は没落していきます。
 室町幕府も織田信長によって滅ぼされ、義昭との子、義尋は信長によって出家させられてしまいます。

 だが、織田信長は「なぜか」さこに絶大な愛情を注ぎ、自分の養女にした上で、後の関白二条昭実に嫁がせます。

 なんだかな~という展開ですが、この後も、さらに「なんじゃそりゃ」という展開が続きます。 

軍師官兵衛改善計画 第1回~第3回を見て...

 大河ドラマ「軍師官兵衛」第3回の視聴率は18%に回復していました(*^-^*)。
 軍師官兵衛はそれなりに面白いのですが、もう少し工夫すれば、面白くなるのにという点が結構あります。目指せ、視聴率20%越え!

1 起承転結の「承」の部分を工夫する。
 起承転結の「承」の部分の描写が弱いと思います。
 単に場面と場面をつなげるのではなく、つなぎの描写を工夫してみてはどうでしょうか。
 例えば、第2話の赤松政秀の室津城攻めの際に、いかにも怪しげな客が紛れ込んでおり、視聴者の注意を引いた後、第3話の冒頭で、その怪しげな客が城の見張りを「グサッ!」として城門を開け、城の外で待機していた赤松政秀を城内に引き入れ、赤松軍が乱入するといった描写であれば、より緊張感が増したと思います。
2 登場人物のキャラ設定を改善する。
 おたつ殺害についての小寺家重臣達の反応がイマイチです。政略結婚の場に乱入されて、黙っている戦国武将なんているはずがありません。もはや小寺家全体の問題で、普段、黒田家と仲がいいとか悪いとかは関係がありません。
 むしろ、メンツを害されたと怒り心頭の小寺重臣を、官兵衛が「今、赤松と戦ってはなりませぬ。」と説得する方が描写としては素直だったかと思います。櫛橋君からは、臆病者と罵倒されるも、兵力差を考え,じっと耐えて、海辺でおたつに涙する官兵衛の方が日本人好みではないでしょうか(^^;)
3 官兵衛をもっと賢くする。
 感情に囚われて赤松を討つと主張するなんて、官兵衛は軍師不適格者としか思えません。
 それ以外にも、将軍暗殺を知らないとか、広峰御師の情報網はどこにいったのでしょうか(^^;)
 官兵衛が何も知らない田舎の若殿という設定ではなく、荒木村重との会話も、表面的な情報は知っている官兵衛に対して、裏の情報を教える荒木村重という描写にした方が面白かったと思います。
 鉄砲すら知らない官兵衛なんてアホ描写は止めましょう。
 「鉄砲がこれからの戦いの在り方を変える」と語る官兵衛に対して、「硝石が日本で採れないこと・海外貿易の利権を握った者が強者となること」を教える荒木村重といった描き方をすれば深みが出ると思います。
4 信長サイドの話は減らす。
 信長サイドの話は、講談の場面を繋ぎ合わせただけという印象で、新鮮味がありません...
 必要最小限だけ残して、もっと、ざっくりと削った方が良いのではないでしょうか。
 キャラ設定もどこかで見たような雰囲気ばかりで...個人的には江口洋介さんが秀吉を演じるくらいの冒険をやっても良かったのではないかと思います(豊臣秀吉の肖像画には、江口洋介さんに似ているものもあります)。
5 構成がイマイチ
 自分なら、第1話で官兵衛の妹殺害と稲葉山城乗っ取り、第2話で織田信長上洛と赤松政秀の協力、第3話で播磨侵攻、第4話で青山合戦という構成にします。こうすれば、初めから信長・秀吉と話も絡みますし、第3話くらいで荒木村重・高山右近も出てきます。荒木村重とは第1話の始めで出会ったことにしておけばよろしいかと。
6 原作協力をつける。
 大河ドラマの平均点はクリアしているとは思いますが、傑作レベルに達しているかと言われると...
 正直言って、センゴクシリーズの方が3倍魅力的です(^^;)
 なんで、原作付にしなかったのか不思議ですが、今からでも遅くないので原作協力をつけましょう。
 

「軍師官兵衛」 第3話「命の使い道」 感想&突っ込み

 ん?と後で気になったこと。
 第3話冒頭で、おたつが赤松政秀に殺害された後、堺に官兵衛たちが向かうことになるのですが、途中で知り合った荒木村重に将軍足利義輝が三好三人衆と松永弾正に殺害されたことを知らされます。

 赤松政秀が室津城を襲撃したのが、永禄7年(1564年)の1月です。
 同年の2月に竹中半兵衛が稲葉山城を奪取します
 13代将軍足利義輝が殺害されたのが、翌年の永禄8年5月19日です(永禄の変)。
 官兵衛は1年半も、おたつの死を悩んでいたようですが、そこは突っ込みません。

 荒木村重の話と道中の戦死者等から、三好三人衆と松永弾正が仲間割れしていることが判明します。
 永禄8年8月に松永軍は丹波で、三好勢力からの独立を目指す兵庫県最強の武将、「丹波の赤鬼」赤井直正によってボコボコにされています。この時点では、三好三人衆と松永弾正との対立は顕在化していないようですので、三好三人衆と決裂するのは、その後ということになります(永禄8年秋以降とされています)。
 したがって、官兵衛が堺に行くのは,永禄8年の秋より後ということになります。

 ん?
 官兵衛は、数か月以上も足利義輝殺害のことを知らなかったのか...
 いくら何でも、官兵衛は世情に疎すぎるとしか...

 なお、足利義輝の父の足利義晴は、幼少時、赤松本家の赤松義村によって、播磨で密かに養育されますが、下剋上を目指す浦上村宗(おたつの舅の浦上政宗の父)に身柄を奪われた後、管領細川高国と浦上村宗に擁立され、12代将軍となります。
 浦上村宗によって、小寺家は播磨を追われ、反細川高国派だった阿波の三好家を頼ります。このため、幼少時の小寺政職は、淡路か阿波で育てられたものと思われます。
 小寺と三好は、非常に深い関係なんですが、それでも情報が入っていなかったとは(^_^;)

第118話 将軍派粛清

戦え!官兵衛くん 第118話
 天正2年(1574年)は、織田信長が将軍足利義昭を支援する者たちを粛清した年でもありました。
 7月には、細川幽斎の異母兄の三淵藤英が、信長に切腹を命じられます。三淵藤英は、将軍足利義昭と播磨の武将の間の取次を行った人です(第16話)。
 幕府滅亡の前後、三淵藤英は、織田信長を支持する弟の細川幽斎とたもとを分かち、将軍足利義昭への忠誠を貫きますが、その後、織田信長に臣従し、三好三人衆の一人、岩成友通を討つなどします。しかし、結局、織田信長に切腹を命じられてしまいます。ちょっと、何か色々ありそうですが、詳細は不明です。

 11月には、織田信長の重臣、荒木村重が将軍派についた摂津の伊丹親興を攻撃し、伊丹城を落城させます。荒木村重は伊丹城を有岡城と改名し、居城とします。この数年後に,荒木村重が有岡城に黒田官兵衛を幽閉します。

 次回から天正3年が始まります。
 ラストの駒のおみくじは、官兵衛は大吉、但馬の山名祐豊は凶、備中の三村元親は大凶を引いています。天正3年は、多くの者の運命を変える激動の年になります。 

 NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」 第3話「命の使い道」 感想

 ***以下、ネタバレを含みます。ご注意を!***
 龍野赤松家の赤松政秀は,おたつの婚礼の夜、浦上政宗の室津城を襲撃します。
 赤松政秀という人は,龍野赤松家に二人いますが,団時朗さん演じる赤松政秀は,新しい方の赤松政秀(帰ってきた赤松政秀)です。
 浦上政宗の父親の浦上村宗は,播磨・備前・美作と摂津の一部を支配した戦国の覇者というか,戦国最大の一発屋ですが,浦上政宗・清宗親子は,赤松政秀の軍勢に瞬殺されてしまいます。見せ場が全くないことと言い,浦上家の落ち目っぷりというか空気感は,半端ではありません。

 なお,小寺政職の祖父の小寺政隆は,浦上政宗の父の浦上村宗に敗死させられています。また,浦上村宗は,赤松本家の赤松晴政(赤松政秀の舅),小寺則職(小寺政職の父),小寺政職等に裏切られて,敗死させられています。「軍師官兵衛」の世界は,きれいな戦国なので,この辺りのドロドロは無かったことになっていると思われます。

 官兵衛は,早馬を走らせ,室津に向かいますが,官兵衛が到着した時には既に赤松政秀は引き上げた後でした(なぜ室津への道は基本的に一本道なのに,赤松政秀の軍勢と出会わなかったのかについては謎)。官兵衛は瀕死のおたつを抱きしめると,おたつは官兵衛の腕の中で息を引き取ります。
 ちなみに,前回,官兵衛のもとに,家臣から「赤松政秀が室津を攻撃すべく出陣」との報が入りましたが,家臣は室津城に連絡していなかったようです...官兵衛が室津城にワープするというのは,番組での演出だと思いますが,あまり矛盾が出ないようにお願いします(^^;)。

 おたつの死に苦悩する官兵衛は,小寺家中で龍野赤松攻撃を主張しますが,取り上げられません。
 「兵は国の大事にして、死生の地、存亡の道なり。察せざるべからず」と孫子を引用して、官兵衛を戒める小寺政職とか見てみたかったです(*^-^*)

 櫛橋君(金子ノブアキさんが好演しています!)が官兵衛に嫌味を言い,官兵衛と喧嘩になります。かつては赤松本家の重臣を勤めた鎌倉以来の名門櫛橋家が小寺政職の家臣に落ちぶれようとは(小寺の家臣というのは設定上のフィクションでしょう。三木合戦の対応を巡って矛盾が生じると思われますが,どう回避するのか...)。

 信長サイドでは,第2話で斎藤軍を采配して織田軍を敗北させ,天才少年軍師(当時満17才くらい)ぶりを見せつけた竹中半兵衛が,酒色に溺れる斎藤龍興(当時満15,6才くらい)を戒めるため,稲葉山城を乗っ取ります。高校生くらいの年齢で全軍を指揮したり,女を侍らせて酒におぼれたり,美濃は早熟ですね(*´▽`*)

 父と祖父からの叱責を受け,気持ちを切り替えようとした官兵衛は,鉄砲の買い付けのため堺に向かいます。播磨からだと,当時の常識人であれば船で行くと思いますが,官兵衛は見聞を広めるためか徒歩で堺に向かいます。途中で,荒木村重に助けられた官兵衛一行は,堺の豪商今井宗久の店に入りますが...
 ここで,官兵衛は初めて鉄砲を見たという衝撃の事実が判明...
 当時は,既に為替があったはずですが,金をじゃらじゃらぶら下げてもっていくことと言い,播磨には鉄砲すら伝わっていないとは,播磨を舐めとるのかと小一時間...

 無事に鉄砲の買い付けに成功した後,荒木村重と別れる際,摂津へ向かう路銀をくれという村重に官兵衛は礼金を渡しますが...官兵衛一行は,播磨~摂津~堺と来たはずなのに,どこで村重と出会ったのか...

 この後,小寺一味は,将軍足利義昭の側室となるべく上洛する赤松政秀の娘を拉致して,将軍の怒りを買い,織田信長の追討を受けることになりますが,大河ドラマ「軍師官兵衛」ではスルーされるようです。
 色々,書いてしまいましたが,細かいことに気にしなければ第2話以降は面白いので,視聴率も上がってほしいですね(*^-^*)

第117話 備中兵乱②

戦え!官兵衛くん 第117話
 盟主毛利氏が、宿敵宇喜多直家と結んだことで、備中の三村元親は毛利からの離反を決意します。
 三村造反の動きを看過できなくなった毛利氏は、小早川隆景率いる数万の大軍を備中に派遣し、三村元親を攻撃します。
 毛利軍は、三村氏の本城で堅城の備中松山城を囲む支城を次々と落していきます。滅亡の危機に陥った三村元親は、同盟者である織田信長に救援を求めますが、織田信長からの援軍はありませんでした。

 ★この当時は、小寺政職は黒田官兵衛の甥の浦上久松丸を宇喜多直家に派遣するなど、毛利・宇喜多寄りについていました。小寺氏は、翌年の天正3年7月に織田信長に臣従することになります。

第116話 備中兵乱①

戦え!官兵衛くん 第116話
 備中の三村元親は、父の仇の宇喜多直家と抗争を続けていました(第14話)。
 しかし、小早川隆景を通じて、宇喜多と毛利の間で同盟が成立してしまいます。
 三村氏は、毛利元就の代から、長年にわたって毛利氏に忠誠を尽くしていたため(三村と毛利との関係は、主君・家臣の関係ではなく、上下関係のある同盟者に近いと思います)、毛利重臣の吉川元春は宇喜多との同盟に反対しますが、智将小早川隆景は、宇喜多との同盟を選択します。
 宇喜多直家は小寺政職に黒田官兵衛の甥で正統な浦上家当主の浦上久松丸(第114話)の派遣を要請していましたので、ここに毛利―宇喜多―小寺の密約のラインが成立します。

 このため、三村氏内部に、毛利への反感が広まります。そこへ毛利包囲網(第47話)の盟主である豊後の大友宗麟が登場します。大友宗麟は三村家中に調略を仕掛け、三村家中の毛利氏に対する反感をあおります。
 三村元親は、毛利との同盟を破棄し、宿敵宇喜多直家との抗争を続けることを選びます。三村元親は、毛利に対抗するため、織田信長に接近していきます(実際はともかく、まだ表面上は織田と毛利が友好関係を結んでいた時期です)。

 実質は国人の連合体という性質の強い毛利氏では、例え長年の貢献があったとはいえ、三村元親の反毛利的な行動を認めることができません。親三村の吉川元春も擁護ができなくなり、備中の三村氏討伐が決定します。 

第115話 浦上久松丸との別れ

戦え!官兵衛くん 第115話
 備前の宇喜多直家から、御着の小寺政職に対し、浦上家の正統な当主で黒田官兵衛の甥の浦上久松丸の派遣が要請されます。小寺家中では直家の要請を受け入れ、浦上久松丸の派遣を決定します。
 浦上久松丸の母親は、黒田官兵衛の妹で室津城へ嫁いだ女性(大河ドラマ「軍師官兵衛」では、おたつ)が生き残って浦上政宗のもう一人の息子と結婚して生まれた子であるとか、官兵衛のもう一人の妹が嫁いだとか言われ、はっきりとしたことはわかりません。
 浦上氏に嫁いだ妹は一人ということになると、おたつが生き残っていた可能性もあるということになりますが、真相は闇の中です。

 しかし、宇喜多直家は暗殺の天才です(★)。浦上久松丸が用済みになったあとは、始末されてしまう懸念がありました...官兵衛は浦上久松丸の身を案じていました。
 ※3コマ目の官兵衛が備前に連れて行ったという描写は推測です。宇喜多の方が播磨に迎えにきたのかもしれません(^^;)

 この年(おそらく天正2年(1574年)だと思います)の12月付けで毛利重臣の小早川隆景から小寺政職あてに、浦上久松丸派遣の礼状が贈られており、浦上久松丸の件では、裏で小早川隆景が関与していたことが分かっています。

 これから、二つの大謀略が同時並行で進行することになります。この辺りは、大河ドラマ「軍師官兵衛」ではスルーされるようです(^^;)

 ★2コマ目の背景の一部を説明しますと...
 宇喜多直家は、永禄9年(1566年)、遠藤兄弟に備中の三村家親を短銃で狙撃させ、日本初の銃による暗殺を成功させます(第14話)。
 このため三村家親の子、三村元親は宇喜多直家に復讐戦を挑みますが敗れ、その後、毛利軍と共に浦上宗景・宇喜多直家と戦いますが再び敗れます(第52話)。
 三村元親にとっては、宇喜多直家は不倶戴天の仇ということになります。

 宇喜多直家の暗殺術の中でも特筆すべきなのが、松田元輝重臣の宇垣与右衛門の暗殺です。狩場での誤射に見せかけ、松田元輝の重臣の宇垣を殺害した後(絵のように弓ではなく銃だったかもしれません)、狩場での事故ということで謝罪し、宇喜多との関係を悪化させたくない松田氏と和解します。しかし、裏で「本当は暗殺だった」という噂を流し、松田家中での松田元輝への信頼を失わせます。松田家中の不和を見て取った宇喜多直家は、妹婿で松田家臣の伊賀久堅に松田元輝を攻撃させ、松田元輝と子の松田元賢(直家の娘婿)を敗死させます。
 伊賀久堅も、後年、謎の死を遂げることになります(毒殺されたとも言われています)。

 黒田官兵衛も、織田派の小寺重臣の山脇六郎左衛門や豊前の城井鎮房等を暗殺していますが、お世辞にも宇喜多直家ほど洗練された手口とは言えません。
 山脇殺害の件は、大河ドラマではスルーされると思いますが、城井殺害の件は放映されるにしても、大幅に改変されてしまうかも...

第114話 浦上久松丸

戦え!官兵衛くん 第114話
 宇喜多直家は、小寺政職(大河ドラマ「軍師官兵衛」では片岡鶴太郎さんが好演されています。鼻の赤い官兵衛の主君のバカ殿です)、黒田(小寺)官兵衛主従に、浦上久松丸の派遣を要請します。
 
 浦上家当主の浦上村宗は専横の限りを尽くした後(外伝第3話)、赤松本家当主の赤松晴政、小寺則職(政職の父)、小寺政職等によって大物崩れで戦死します(第0話外伝第4話)。
 浦上村宗には、兄浦上政宗(室津城主)、弟浦上宗景(天神山城主)の二人の遺児が残されますが、浦上政宗・宗景兄弟は、赤松領に侵入してきた尼子軍への対応を巡って対立します(第8話外伝第6話)。

 その後、兄の浦上政宗は、赤松晴政を擁する龍野赤松家の赤松政秀(大河ドラマ「軍師官兵衛」では、団時朗さんが演じます)によって、官兵衛の妹志織(大河ドラマでは、官兵衛の初恋の人、おたつ。南沢奈央さんが演じます)と息子の浦上清宗共々、婚礼の夜に室津城で殺害されてしまいます(第3話)。
 このため、官兵衛のもう一人の妹(義理の妹とも、先に婚姻した妹―大河ドラマでは、おたつ―が生き残ったとも言われています)と浦上政宗のもう一人の息子、浦上誠宗が結婚することになります(第4話)。
 ところが、旧浦上政宗領の支配を目論む弟、浦上宗景によって、浦上誠宗は暗殺され、官兵衛のもう一人の妹(もしくは、おたつ)は、浦上誠宗との間の子、浦上久松丸を連れて、実家に帰ることになります(第9話)。

 長々と書いてきましたが、浦上家の正統は、室津城主の浦上政宗から、浦上政宗とおたつ(志織)の夫、浦上清宗の死を経て、浦上誠宗へ移り、浦上誠宗の死によって浦上久松丸に移ったことになります。
 つまり、黒田官兵衛の甥、浦上久松丸こそ、正統な浦上家当主ということになります。

 浦上宗景打倒を目指す宇喜多直家(大河ドラマでは、陣内孝則さんが演じます。超期待!)は、黒田官兵衛の下で養育されている浦上家当主の浦上久松丸を旗頭にしようと企み、小寺政職・黒田官兵衛に浦上久松丸の派遣を要請することになります。

 大河ドラマ第3話で、おたつは赤松政秀に殺されてしまうことになりますが、「実は殺されていなかったかもしれない」とか言い出すと、悲劇に涙された方は、「何じゃそりゃ」と思われるかもしれません(^^;)
 浦上家に嫁いだ官兵衛の妹がどうなったのか、また実の妹か養女なのか、そもそも室津浦上家に嫁いだ妹は一人なのか二人なのかといったことは、はっきりとしていません。
 歴史上はっきりしているのは、小寺政職が浦上家当主の浦上久松丸を宇喜多直家に派遣したこと、浦上久松丸が官兵衛と非常に深いつながりがあったこと、宇喜多直家が浦上久松丸を旗頭に浦上宗景打倒に乗り出す事、そして毛利の小早川隆景(大河ドラマでは鶴見辰吾さんが演じます。こちらも超期待!)がこの企てに一枚噛んでいたことです。

 小早川隆景、宇喜多直家、黒田官兵衛の三人の天才謀略家が組んだ大陰謀劇が始まります。この陰謀劇の後、西国の様相は一変します。毛利家の勢力圏と織田家の勢力圏がぶつかり、織田家と毛利家との対立が間近に迫ることになります。

軍師官兵衛 官兵衛の初恋の人、おたつ ネタバレ

 以下は、大河ドラマ「軍師官兵衛」のネタバレを含みますので、ご注意下さい。

 黒田官兵衛の初恋の人、「おたつ」は、政略結婚のため室津の浦上政宗の息子に嫁ぎます。
 婚礼の夜、龍野城主赤松政秀は、室津城を襲撃し、浦上政宗父子とおたつを殺害します。
 
 龍野城主赤松政秀は、婚礼の客や手伝い人に化けて家臣を城に潜りこませ、自分は300ほどの手勢を率いて船で乗り込みます。策略を使って敵を欺いて城に潜り込み、外の軍勢と協力して城を奪取するところは、1月ほど後に発生する竹中半兵衛の稲葉山城乗っ取りとそっくりです。が、第2話を見る限り、龍野赤松軍は馬や徒歩で陸から正々堂々と室津城を攻めるようです。
 おそらく、稲葉山城乗っ取りに似ていると視聴者に思わせないようにするためでしょうが、室津は今でもクネクネとまがった山道を通っていくような場所ですので、陸を行軍していくのは、非常に困難でしょう。

 おたつは、とばっちりで殺害されてしまう訳ですが、実は官兵衛にはもう一人妹がいたとか、おたつ(というより婚礼の日に室津城にいた妹)は助かって、浦上政宗のもう一人の息子と再婚したとか伝えられています。
 何せ、史実では浦上政宗のもう一人の息子と官兵衛の妹との間に、
    男の子が生まれた
ということになっているからです。
 
 この少年を巡って、複雑なドラマが展開され、歴史が大きく動いていくわけですが、大河ドラマ「軍師官兵衛」では、話を非常に単純化しているため、官兵衛のもう一人の妹(もしくは、おたつ)と浦上政宗の息子との子は登場しません(*^-^*)

第113話 直家の陰謀②

戦え!官兵衛くん 第113話
 織田信長が、備前の浦上宗景に播磨・備前・美作三国の支配を認めてしまったため(第100話)、播磨・備前・美作の武士たちの間に、浦上宗景に対する反感が広まります。
 この機を利用し、浦上宗景の重臣、宇喜多直家は浦上宗景に対する下剋上を起こします(第106話)。
 緒戦は、宇喜多直家が優勢に戦いを進めますが、浦上宗景の大量の恩賞発給(★)という掟破りの反撃で、天正2年(1574年)9月、戦線は膠着状態になります。
 膠着した戦線を打開するため、宇喜多直家は毛利重臣の小早川隆景とある密約を結びます。
 そして、宇喜多直家は播磨の小寺政職、小寺(黒田)官兵衛主従にも協力を依頼します。しかし、それは官兵衛に非情な決断を強いるものでした...

 宇喜多直家、小早川隆景、黒田官兵衛の三人の天才謀略家が結び、大謀略を仕掛けたことにより、西国の様相が一変します。次回以降から御着評定の前までは、「きれいな戦国」を描く大河ドラマ「軍師官兵衛」では、出てきません。前半の最大の山場なんですが。「軍師官兵衛」は視聴率で苦戦しているみたいだけど、戦国武将の黒い部分を書かないなんて、苦くないコーヒーを出すようなもんですがな(^^;)

 ★浦上宗景が発給した恩賞状が大量に残されています...これだけ恩賞を出して、あと大丈夫なの?というくらい(^^;)

軍師官兵衛 第2話 「忘れえぬ初恋」の感想 おたつの身分

 大河ドラマ軍師官兵衛では、廣峯神社の御師の娘で官兵衛の初恋の人、「おたつ」が登場します。
 おたつは、官兵衛には「黒田家の若君とは身分違い。」と言いながら、黒田家より格上のはずの浦上家に嫁ぐのはおかしくないかと聞かれましたが、ドラマオリジナルの人物ですので、細かい話は気にしないようにしましょう!養女にして家格をあげるのは、大河ドラマ篤姫でもやっていました。

 史実では、宿敵の龍野赤松家の赤松政秀の娘は、将軍足利義昭の側室になった後、織田信長の養女になって関白二条家に嫁ぎます。それに比べれば、おたつの上昇ぶりは大した話ではありません(*^-^*)

 一方、女性側の身分が高い例をみますと、丹波の赤鬼こと赤井直正の妻が関白近衛稙家の姫で(小寺政職の妻が関白の姫みたいなもの)、出世する前の但馬で奮闘中の藤堂高虎の妻が丹後守護の一色家の姫(出世する前の母里太兵衛の妻が京極家の姫みたいなもの)といった事例があります。関白の姫が守護代ですらない土豪の妻になるとか、陪臣のそのまた下の家臣に守護家の姫が嫁ぐとか、平和な時代だとちょっと考えられないですね。

 ところで、流浪の姫君とのラブロマンスといった話題もあるので、藤堂高虎は最近の大河ドラマ向きの素材ですね(*^-^*)
 

第112話 第三次長島攻略②

戦え!官兵衛くん 第112話
 織田信長は、降伏の約定通りに長島城から退去しようとした一揆衆を攻撃し、多数の一揆衆を殺害します。
 怒りに燃えた一揆衆は、織田信長の本陣へ突撃し、一門衆を中心に信長の兄の織田信広等、多くの重臣を殺害します。

 怒りに燃える信長は、残る砦を厳重に取り囲み、兵糧攻めの末、焼討し、一向衆2万人を殺害します。これで長島の一向一揆勢力は殲滅されますが、本願寺からの強い反発を生むことになります。

 次回からは、再び西国に話が戻ります。宇喜多直家、小早川隆景、黒田官兵衛の3人の智将が組んで大謀略を巡らせますが... 官兵衛は非情な決断を迫られることになります。

第111話 第三次長島攻略①

戦え!官兵衛くん 第111話
 天正2年(1574年)6月23日~武田攻め(第110話)から帰還した翌々日(!)~、織田信長は大動員をかけ、3回目の長島一向一揆攻略に乗り出します。
 第1回(第59話)、第2回(第94話)の長島一向一揆攻略は失敗に終わりましたので、まさに三度目の正直です。

 織田信長は過去の失敗から、7万の大軍で包囲した後、水軍による攻撃を取り入れ、一向一揆勢を一部の砦に追い込んでいきます。一部の砦に追い込んで、籠城する人数を増やした上で兵糧攻めにしようとする作戦ですね。
 9月29日、一揆方の長島城が降伏します。織田信長は、降伏を許しますが...ここでも織田信長は大失敗を「やってしまいます」。

 日程を考えると、織田信長には、初めから高天神城救援の考えは全くなかったとしか思えません。それでも織田との同盟を守る徳川家康は、本当に忍耐の人です。

大河ドラマ 軍師官兵衛 第2回 感想

 やや微妙感があった第1回に続く、第2回放送の感想です。
 冒頭のシーンは、平清盛でも撮影に使用された砥峰高原だと思いますが、砥峰高原のシーンを見るたび、能年玲奈さんを大河ドラマに出せ!と思ってしまいます。
 砥峰高原は、能年玲奈さんの実家の裏山です。2013年のNHKの最大の功労者の能年玲奈さんに、故郷に錦を飾らせてあげましょう(*^-^*)
 しかし、大河ドラマの撮影ができるような田舎から、東京まで毎週レッスンに通っていたというのは凄いですね。

 話は変わって、物語の感想を。
 官兵衛の初恋の人、おたつは、政略結婚のため、室津の浦上家に嫁ぎます。
 室津城主浦上政宗の父の浦上村宗は、播磨・備前・美作・摂津の四ヶ国を支配し、管領細川高国とともに12代将軍足利義晴を擁立した、戦国最大の一発屋ですが、浦上家は今は没落しています。
 浦上村宗は、播磨・備前・美作守護の赤松義村を室津城に幽閉して殺害しましたが、龍野赤松家の赤松政秀は、浦上村宗に殺害された赤松義村の子の赤松晴政の娘婿になります。ちなみに小寺政職の祖父の小寺政隆も浦上村宗と戦って、戦死しています。浦上村宗も、赤松晴政、小寺則職・小寺政職等に敗れて、戦死します。
 ドロドロの関係になっていますので、歴史ヲタク以外の方は、単に赤松・小寺・浦上は仲が悪いということで、ご納得してください(序盤の人物関係図をご覧いただければ、人間関係のグチャグチャさがお分かり頂けると思います←これでも、かなり省略しています)。
 大河ドラマでは、官兵衛の父の小寺職隆の尽力で、龍野赤松と小寺の間に和睦が成立したという設定になっていますが、もちろん、フィクションです。
 
 浦上と小寺の婚礼の夜、龍野赤松家の赤松政秀が室津城を奇襲します。
 初恋の人の婚礼の最中、悶々としている官兵衛の下に、「赤松が兵を挙げて、室津城へ向かった!」という急報が入ります。室津へ早馬で駆け付ける官兵衛!はたして、官兵衛は間に合うのか?

 「龍野の赤松政秀が室津城攻撃に出陣!」という情報は、官兵衛より先に室津城へ連絡するべきだと思いますが...ひょっとして、家臣も「うっかり」?

(突っ込み①)
 斎藤龍興がバカ殿で竹中半兵衛が斎藤龍興の軍師という設定です。稲葉山城乗っ取り騒ぎ(おたつの婚礼の直後です)で竹中半兵衛がいなくなった後も、織田信長は斎藤軍に大敗を喫したりしているのですが(^^;)
 織田信長が美濃を支配するのも、稲葉山城乗っ取り騒ぎが起こってから、3年半後のことですし。
(突っ込み②)
 小人数で、隙を突いて城を乗っ取るという点では、竹中半兵衛の稲葉山城乗っ取りも、赤松政秀の室津城攻撃も変わらないかと。
 おそらく、半兵衛の稲葉山城乗っ取りは絶賛、赤松政秀の室津城攻撃は罵倒という展開になると思いますが(^^;)、もしかすると竹中半兵衛の稲葉山城乗っ取りは、赤松政秀の室津城攻撃も参考にしたのかもしれませんね。

第110話 第一次高天神城の戦い

戦え!官兵衛くん 第110話
 天正2年(1574年)5月、ついに越前は一向一揆勢力の手に落ちます。一向一揆は、大坂、加賀、長島に続く新たな拠点を手に入れます。
 そのような状況の中、徳川方の高天神城が武田軍に包囲されるという連絡が入ります。明知城攻めのときも越前の混乱に合わせて武田軍が動きましたが、越前の一向一揆勢力と武田軍の連携は、かなりうまく取れていたようです(第103話)。

 迅速果敢を旨とする織田信長は、6月14日に高天神城救援の軍勢を率いて出発、6月19日に今切の渡し(浜名湖)まで来たところで、高天神城落城の報を受け、撤退します。6月19日には、兵糧代として徳川家康に大人二人がやっと抱えられるくらいの重さの金入りの大革袋2袋を贈ります。
 帰りは、さらにスピードアップし、6月21日に岐阜に到着します(細かい日程の計算はしないように)。

 高天神城救援が間に合わなかった場合に備えて、見舞金用の金を戦場に持っていくとは、織田信長も用意が良いですね! 
プロフィール

kurokanproject

Author:kurokanproject
NHK大河ドラマ軍師官兵衛の主人公黒田官兵衛を紹介するマンガを描いています。
織田信長や羽柴秀吉といった歴史上の大人物、黒田官兵衛、小寺政職、赤松政秀、別所重宗といった播磨の武将達や、浦上宗景、宇喜多直家、荒木村重、松永弾正といった一癖も二癖もある連中が活躍します。

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ぜひ、第0話から読んでみてください(*^_^*)

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