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第370話 「第一部 完」

戦え!官兵衛くん 第370話
 黒田官兵衛は、秀吉の関白就任の報を四国遠征中に聞くことになります。
 秀吉は四国の土下座王、長宗我部元親を下しましたが、徳川、島津、北条等の勢力も残っており、まだまだ天下統一の戦いは続きます。

 天才軍師黒田官兵衛が、果てしなく続く軍師坂を登り始めたところで、とりあえず第一部完とさせて頂きます。
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第329話 毛利との交渉

戦え!官兵衛くん 第329話
 賤ヶ岳の戦いの勝利の後、功績第一とされた丹羽長秀は、越前や南加賀等の旧柴田領を加え、100万石を超える領地を得ます。また、柴田勝家を裏切った前田利家は、官兵衛の旧主小寺家がかつて守護代を(一瞬だけ)勤めていた北加賀の領有を認められます。
 
 羽柴秀吉は、かつての織田家中での同僚達を取り込むべく、大盤振舞をします。その反面、秀吉自身の家臣達への加増は少ないものでした。
 賤ヶ岳の戦いで功績を上げたとして宣伝された「賤ヶ岳七本槍★」の武将たちですら、5000石~3000石程度の加増にとどまりました。柴田勝豊の家老で、秀吉軍を裏切り柴田勝家に寝返った山路正国を討ち取った加藤清正は3000石に加増されます。七本槍の一人で小寺政職の甥の加古川城主糟屋武則も3000石が加増されています。黒田官兵衛も戦後に1000石加増されるに留まります。
 なお、賤ヶ岳の砦から逃亡しようとして丹羽長秀に喝を入れられた桑山重晴は、柴田軍から賤ヶ岳の砦を死守した功績で1万石が加増されています。

 秀吉が織田家の同僚達を取り込むべく大盤振舞をした反動で、秀吉直臣への加増が少なかったということで、少なくともこの時期には、官兵衛が秀吉に疎まれたとか、警戒されたので加増が少なかったといった事情は全くありません。
 
 官兵衛は、毛利との国境交渉に入ります。単に国境の線引きをするというものではなく、織田方に付いたため本能寺の変後、毛利に居城を追われた伯耆の南条元続(⇒第209話)の処遇や、織田方に下っていたため故郷の来島を追われた来島村上水軍の来島通総の処遇など、難しい問題が山積していました。

 来島通総逃亡後、来島は、村上武吉・元吉父子が率いる能島村上が支配していました。村上武吉父子にしてみれば、村上水軍内部の主導権を握るべく争う同族の来島村上に素直に占領した領地を返還できるはずもありませんでした。

★ 七本槍といっても全員で9人いるそうです。

第316話 賤ヶ岳の戦い②

戦え!官兵衛くん 第316話
 羽柴秀吉を嫌悪する毛利首脳の吉川元春は、柴田勝家と結び、将軍足利義昭上洛を実行に移そうとします。
 しかし、対毛利担当(★)の黒田官兵衛は小早川隆景を通じて、足利義昭上洛を阻止することに成功します。
 この回の内容は、交渉の内容がどんなものだったのかよくわかっていないので、推測です(^^)/

 これ以後、毛利は口では柴田勝家支持と将軍上洛を叫びますが、結果的に中立を決め込むことになり、柴田勝家は毛利の口約束に釣られてしまうという羽柴秀吉にとって非常に美味しい状況となります

 ★ 黒田官兵衛は、対毛利担当と同時に四国担当の仙石秀久の補佐もやっていますので、賤ヶ岳の戦いの前年の天正10年(1582年)には三好氏支援のため、四国へも出張しています。
 本能寺の変後、土佐の長宗我部元親の巻き返しにより、長老の三好康長は逃亡、十河存保は長宗我部・雑賀衆連合軍の攻撃により、中富川の戦いで大敗を喫しています。本州に撤退した三好康長は羽柴秀吉の旗下に入り、滝川一益攻略に従軍しています。
 四国担当の仙石秀久は、近江に出兵していましたが、十河存保からの支援要請を受け、賤ヶ岳の戦いの最中に四国攻略を命じられ、天正11年4月の引田の戦いで長宗我部軍にボコボコに負けています(^_^;)

第290話 毛利との和睦①

戦え!官兵衛くん 第290話
 毛利より先に本能寺の変の情報を入手した羽柴秀吉は、黒田官兵衛に毛利との和睦交渉を急がせます。
 毛利の外交僧安国寺恵瓊との交渉で、官兵衛は、割譲する領地の点では譲歩しますが、高松城主清水宗治の切腹の条件は譲りませんでした。
 もちろん、清水宗治の切腹要求は、本能寺の変を糊塗するためのブラフです。

 毛利方は、美作・因幡・備中の一部のみの領地割譲(つまり、ほとんど現状維持に近い-ただし、詳細な国境線は決められていません。ここがミソ‐)というエサに引っ掛かり、清水宗治切腹の条件を受諾します。

 この時、実利思考の小早川隆景は和睦に積極的でしたが、義に篤い傾向のある吉川元春は、清水宗治の切腹に難色を示します。後に本能寺の変を隠して秀吉が和睦を結んだことが判明すると、吉川元春は羽柴秀吉に憎悪の念を抱くことになります。

 高松城主清水宗治は切腹を快諾し、和睦は成立します。

(おまけ)
 病弱な妻がいるにも関わらず、取引先のOLと不倫している兄に「妻が死んだ」という連絡が入ります。兄は妻を悼んで号泣しますが、思わず「ご運が開けましたな。保険金で会社の借金も整理できるし、大手を振って好きな女と暮らせますがな。」と余計なひと言を言ってしまう弟...ブラックです(某朝ドラとは無関係です)。
 
 大河ドラマ「軍師官兵衛」では、本能寺の変を聞かされ、泣き崩れる秀吉に、暗黒軍師官兵衛は「ご運が開けましたな」と余計なひと言を耳打ちします。いつの間に極悪人になったのでしょうか(^_^;)
 最初から極悪もOKという路線で行っていれば、視聴率の低迷もなかったのかも。

第262話 淡路上陸

戦え!官兵衛くん 第262話
 常春の国、淡路島では、明石海峡を望む重要拠点の岩屋城を奪取した菅達長(かんみちなが)が反織田勢力として頑張っていました(⇒第145話第150話)。

 また、洲本城主の安宅清康も織田方から毛利方に寝返っていました。ちなみに安宅清康は、三好氏の出身で、安宅信康の弟、十河存保・三好長治・三好義継達とはいとこの関係になります(⇒三好家系図)。
 父親の安宅冬康が、三好長慶に無実の罪で殺されてしまったため、安宅信康・清康兄弟は三好一族に反感を持っていたようです。三好三人衆達が織田信長と戦っていた頃は、早々と織田信長の傘下に付きますが、三好氏が織田信長の傘下に入ると、毛利氏に鞍替えし、菅達長達と共に織田信長への反抗姿勢を見せます。
 
 中国攻めに際し、羽柴秀吉は後背の淡路の平定を決意し、黒田官兵衛、仙石秀久、明石則実(大河ドラマ「軍師官兵衛」では、ほとんど出てきませんが、官兵衛の母方のいとこ)、間島氏勝等を淡路に派遣します。
 
 官兵衛達、織田軍淡路攻略部隊の上陸により、菅達長は逃走してしまいます。
 さらに安宅清康を降伏させた織田軍は、鳥取城攻めを終えた羽柴秀吉、池田元吉等と共に淡路を平定します。

 なお、黒田官兵衛が安宅清康(河内守です)を謀殺したとされ、安宅河内なる人物を切ったとされる刀(名物安宅切)が残されていますが、その後も安宅清康が生存していたという記録が残されていますので、何が本当なのでしょうか?
 もしかすると、安宅氏の重臣か誰かを切ったのを過大報告しているのかも(^_^;)
プロフィール

kurokanproject

Author:kurokanproject
NHK大河ドラマ軍師官兵衛の主人公黒田官兵衛を紹介するマンガを描いています。
織田信長や羽柴秀吉といった歴史上の大人物、黒田官兵衛、小寺政職、赤松政秀、別所重宗といった播磨の武将達や、浦上宗景、宇喜多直家、荒木村重、松永弾正といった一癖も二癖もある連中が活躍します。

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ぜひ、第0話から読んでみてください(*^_^*)

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