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第151話 英賀合戦②

戦え!官兵衛くん 第151話
 今回は、英賀合戦(英賀の戦い)や小寺政職、荒木村重の謀反の背景の説明です。
 この当時、播磨や摂津は本願寺門徒(信者)が非常に多い地域でした。
 どのような経緯で本願寺の信仰が広まったのかというと、話は官兵衛の時代から100年ほど前にさかのぼります。

 応仁の乱が東軍の(一応の)勝利で終わった後も、東軍がなんとなく勝っただけで西軍を屈服させた訳ではないので、火種がくすぶったままになっていました(このあたり、試験にでますw)。
 西軍についていた近江の六角高頼は、応仁の乱後も東軍方の領地を返さなかったため、幕府とトラブルになっていました。9代将軍将軍足利義尚は、長享元年(1487年)加賀守護の富樫政親等を率いて、近江の六角氏討伐に乗り出します(第一次六角攻め、長享の乱)。
 しかし、富樫政親の領国の加賀で、戦費調達の増税や軍役に反対して一向一揆が勃発します。富樫政親は急きょ、帰国して対応にあたりますが、長享2年(1488年)に敗れて戦死してしまいます。
 本願寺と足利将軍家は、本願寺8世の蓮如の息子が足利義尚の母、日野富子の兄の養子になっていたことから(親鸞が日野家の出身のため)、非常に近い関係にありました。
 自分の準身内の信者に将軍の忠臣を殺害されたことから、足利義尚は激怒します。
 足利義尚は、本願寺に加賀の信者の破門を要求しますが、蓮如はひたすら謝罪し、宥恕を乞います。細川政元が間に入り、蓮如が一揆の関係者を処分し、信者に「お叱りの御文」を出すという形で決着します。

 急進化する加賀の信者の動向に危機感を覚えた蓮如は、加賀以外の地域での布教を強化します。播磨・摂津での布教を強化したため、播磨・摂津で信者が増えていきますが、播磨では守護の赤松義村(赤松晴政の父)により、本願寺派の浄土真宗(一向宗)が禁教とされていました。
 しかし、1513年に播磨で本願寺派の浄土真宗の信仰が認められ、姫路の南西の英賀に本徳寺が建設されます(★)。本願寺は英賀を中心に西国への布教を行うようになります(⇒番外編01)。
 また、小寺政職の祖父の小寺政隆(村職)が本願寺派の浄土真宗を信仰するようになったことから(⇒第83話)、御着の小寺氏は英賀との関係を深めていきます。

 ★英賀滅亡後、本徳寺は、羽柴秀吉によって姫路の南の亀山に再建されました。現在の本徳寺の本堂は、幕末に新撰組の屯所として使われていた建物を移築したもので、隊士が切りつけた刀傷等も残っており、新撰組ファンは必見です。
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戦え!官兵衛くん。 第0話 「謀将二人」

戦え!官兵衛くん 第0話
稀代の天才軍師、黒田官兵衛の物語です。

戦国史上最大の一発屋、浦上村宗が戦死した後の混沌とした状況から物語が始まります。
プロフィール

kurokanproject

Author:kurokanproject
NHK大河ドラマ軍師官兵衛の主人公黒田官兵衛を紹介するマンガを描いています。
織田信長や羽柴秀吉といった歴史上の大人物、黒田官兵衛、小寺政職、赤松政秀、別所重宗といった播磨の武将達や、浦上宗景、宇喜多直家、荒木村重、松永弾正といった一癖も二癖もある連中が活躍します。

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ぜひ、第0話から読んでみてください(*^_^*)

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