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第338話 小牧長久手の戦い⑧

戦え!官兵衛くん 第338話
 小牧長久手の戦いの頃には、毛利氏は羽柴秀吉の下に人質を送るなど、臣従の姿勢を見せていました。毛利元就三男の小早川隆景は、高松城で和睦した直後くらいから(⇒第292話)、毛利外交僧の安国寺恵瓊は遅くとも三国守護朱印状とか第2回山名祐豊追討依頼の頃から(⇒第99話、⇒第100話)、秀吉推しの態度を取っていました。
 一方、毛利元就次男の吉川元春は、将軍足利義昭上洛を支援する等、反秀吉の姿勢を見せていましたが、柴田勝家を討ち破った秀吉に嫌々ながら服従することになります。

 ちなみに安国寺恵瓊は天正元年(1573年)12月12日付で、「織田信長の世は五年、三年は持つだろうが、その後、信長は高ころびに転ぶだろう。羽柴秀吉は中々の人物ですよ。」という未来を見通したような書面を書いています。
 状況からすると、秀吉の天下取りを予言したというより、金に釣られて浦上宗景に播磨・備前・美作の支配を認めたり、翌年春には但馬の山名祐豊を追討するとか、実行する気もない約束をする信長の無茶苦茶な外交政策に立腹した書面だと思われます。

 小早川隆景は子供がいないため、年の離れた弟で毛利元就の9男の小早川秀包を養子としていました。
 毛利氏の人質として秀吉の下へ送られた小早川秀包は、容姿端麗の勇将だったので、秀吉に気に入られ、順調に出世していきますが、後に空気の読めない天才軍師の黒田官兵衛孝高という人に運命を狂わされることになります。

 その頃、紀州では織田信雄・徳川家康の調略により、反秀吉の動きが広まっていました。天正12年(1584年)3月下旬、土佐の長宗我部元親とも結んだ雑賀・根来衆連合軍が和泉に侵攻します。雑賀・根来衆の攻撃により大坂は大混乱に陥り、秀吉の尾張入りが遅れることになります。

 ちなみに雑賀を追放された(⇒第296話)雑賀孫一は、鉄砲隊を率いて小牧長久手の戦いに参陣しています。
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第317話 賤ヶ岳の戦い③

戦え!官兵衛くん 第317話
 毛利首脳の小早川隆景は、将軍足利義昭と共に上洛を目指す兄吉川元春を説得します。
 上洛には備前の宇喜多秀家(直家の遺児)の領地を通過する必要がありましたが、羽柴秀吉は宇喜多家をがっちりと掌握していましたので(★)、上洛の実行には困難を伴いました。
 なお、宇喜多直家未亡人(大河ドラマ「軍師官兵衛」では、お鮮)は、一般的には羽柴秀吉の愛人だったとされていますが、羽柴秀吉と肉体関係が無かったという説も最近では有力です。また、某ドラマのように、宇喜多直家の存命中に、夫公認で秀吉とできていたということは、まずありえません(^_^;)

 最終的に吉川元春は上洛を断念することになりますが、吉川元春は柴田勝家に陣中見舞いの使者を送り、支援の姿勢を見せます。
 なお、小早川隆景は毛利輝元の名で、羽柴秀吉に陣中見舞いを送っています。

★ その反動で、秀吉の死後、宇喜多家は壮絶な内紛を繰り広げ、家中が分裂することになります(宇喜多騒動)。直家以来の多くの武将が宇喜多家を出ていったため、宇喜多家の戦力は大幅にダウンし、関ヶ原の戦いの帰趨にも大きな影響を及ぼすことになります。

第291話 毛利との和睦②

戦え!官兵衛くん 第291話
 本能寺の変の翌々日の天正10年(1582年)6月4日、織田と毛利の和睦が成立し、備中高松城で城主清水宗治が切腹します。清水の切腹の際に介錯した家臣や兄等も共に切腹しました。

 人質の交換も終え、双方のにらみ合いが続く中、徐々に織田軍は撤退していきますが、その直後に毛利陣中に本能寺の変の報が伝わります...
 信長の死を告げずに清水宗治の切腹を要求する秀吉の態度に吉川元春は激怒し、秀吉に悪感情を抱くことになります。

 吉川元春は、秀吉に対する敵意をむき出しにしますが、合理的な弟の小早川隆景は秀吉との宥和路線を取ります。智将小早川隆景と羽柴秀吉・黒田官兵衛は吉川元春の憎悪すらも調略の手段としていきます...

第276話 高松城水攻め②

戦え!官兵衛くん 第276話
 吉川元春、小早川隆景率いる毛利軍は、備中高松城救援のため備中に入りますが、秀吉軍に阻まれ、高松城を救援することができませんでした。

 その間にも高松城の水位は上昇し、城は食事の煮炊きもままならない状況に追い込まれます。
 秀吉軍は大鉄砲を積んだ船で高松城を攻撃し、城は陥落寸前となります。

 一方、同盟者の徳川家康、武田旧臣の穴山梅雪等を招いて、安土では武田征伐の勝利を祝う祝勝会が開かれていました。
 徳川家からは徳川家康だけではなく、徳川四天王等、多くの重臣達もやってきていました。 徳川四天王の一人、酒井忠次(姫路の殿様の酒井家とは同族ですが別系統です)は、「海老すくい」という宴会芸が得意だったのですが、徳川家康と家康の嫡男信康の死をめぐって、ギクシャクした関係にあったともされますので(真偽不明)、漫画のコマのようにフレンドリーな宴会だったのかは不明です(^_^;)

 古典作品では、宴会で信長が魚が腐っていると接待役の明智光秀に難癖をつける場面がよく描かれますが、大河ドラマ「軍師官兵衛」では、信長が「この金髪豚野郎!」と「この金柑頭め!」と光秀を罵りながら足蹴りにする場面は出てこないようです。

 毛利軍出陣の報を聞いた織田信長は、自ら中国への出陣を決意します!
 次回、信長は「なんでもできる久太郎」の堀秀政、羽柴秀吉の親友で「軍師官兵衛」では嫌われキャラの中川清秀、そして明智光秀に中国への出陣を命令します。

第267話 天正10年の幕開け

戦え!官兵衛くん 第267話
 いよいよ、運命の年、天正10年(1582年)が始まります。天正10年の6月に本能寺の変が勃発、信長、秀吉、官兵衛を初め、登場人物達の運命が一変します。

 恒例の安土城の正月参賀では、集まった群衆により石垣が崩落、多数の死傷者を出す惨事となります。今後の織田家の運命を予感させるような出来事から天正10年の幕が開けます...

 当主宇喜多直家が死去していた宇喜多家は、1月9日に直家の死去を公式発表します。羽柴秀吉の尽力で、1月21日に、直家遺児の宇喜多秀家が宇喜多家の家督を相続することが正式に認められます。
 懸案の家督相続の問題を解決させた羽柴秀吉は、軍勢を備前に進駐させ、毛利との対決に臨むことになります。

 一方、毛利家中では、毛利重臣の小早川隆景が三原(広島県)に備中の東部国境の七城の城主を集め、作戦会議を開きます。備中高松城城主の清水宗治をはじめとする境目七城の城主は、毛利への忠誠を誓い、織田との対決を決意します。

 次回の第268話は雑賀の騒動、次々回の第269話以降は武田征伐の話となり、第272話から備前・備中の攻略が始まります。
プロフィール

kurokanproject

Author:kurokanproject
NHK大河ドラマ軍師官兵衛の主人公黒田官兵衛を紹介するマンガを描いています。
織田信長や羽柴秀吉といった歴史上の大人物、黒田官兵衛、小寺政職、赤松政秀、別所重宗といった播磨の武将達や、浦上宗景、宇喜多直家、荒木村重、松永弾正といった一癖も二癖もある連中が活躍します。

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ぜひ、第0話から読んでみてください(*^_^*)

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